こちらの記事は
東京都千代田区
【皇居参観】
2024年10月
9:08〜10:21
の記録(アルバム)です![]()
今回も行き先を知らされない
ミステリーツアーでした![]()
※記事の日時=記録整理用日時です
※画像や動画の流用は固くお断りします
明治神宮参拝から始まった
ミステリーツアー
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続いてのスポットは
(↑9:08)
皇居!!
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セキュリティ検査を受けて
いざ
皇居参観
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(インバウンド多し)
(↑9:11)
庭園を散策
(↑9:21)
途中
木陰でベンチに座ってまったりして
(↑9:34)
天守台へ
江戸城本丸御殿
この天守台から見える大芝生とその周辺には、江戸城本丸御殿の建物が立ち並んでいました。本丸御殿は、表、中、大更という三つの空間に分かれていました。
表は、将軍の謁見など公的な儀式・行事、
幕府諸役人の執務の場で、中奥は将軍の日常生活、政務を執る場、
大奥は@台所と呼ばれた将軍の正妻をはじめ家族や女性たちの生活の場でした。
天守台
Tenshudai, Base of Edo Castle Keep
徳川家康の入城以来、江戸城では、慶長度天守(1607年)、元和度天守(1623年)、寛永度天守(1638年)と3度、天守が建てられました。最も規模が大きかった寛永度天守は、地上からの高さが約58mあったといわれています。
この天守台は、寛永度天守が明暦の大火(1657年)により焼失した後、天守再建を目指して万治年(1659年)に築かれたものですが、幕府内で、天守は不要との結論が下され、この天守台には天守が建てられないままになりました。
江戸時代の江戸城は、天守があった50年間の後、天守がない状態が210年間続いたことになります。
◆
天守台から再び散策へ
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(↑↓9:52)
諏訪の茶屋
Suwa no Chaya Teahouse
諏訪の茶屋は、元々、明治45年(1912年)に、皇居内の吹上地区に建てられたものです。
その場所に、江戸時代に諏訪社があったことから、諏訪の茶屋という名前が付いています。
昭和43年(1968年)に現在の場所に移築されました。
(↑↓9:53)
二の丸池
滝もあったり
(↑10:07)
謎のミッション
(タケニナレ)
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(↑10:18)
ゆったり参観できました
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はてさて次はどこへ行くのか?
🔻2024年10月東京•埼玉パワースポット巡り

















