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〒294-0056
千葉県館山市船形835
概要
創建年
伝)717年
(養老元年/第44代元正天皇在位)
開山
伝)行基
正式名称
普門院船形山大福寺
宗派
真言宗智山派
本尊
大日如来
館山市指定有形文化財(彲刺)
磨崖十一面観音立像
(まがいじゅういち めん かん のん りゅう ぞう)
本尊は、観音堂内陣の自然の崖に刻まれた十一面観音立像です。
像高は131cmで、舟形の光背を背に、
二重連華座の上に立っています。
頭の上には一列に菩薩面が刻まれ、
その6 面と頭頂の仏面が残されています。
磨耗が激しく、目鼻口などが失われているため、
残念ながらその表情はわかりません。
しかし左手に水を入れる水瓶を持つ様子や、
像の左肩から右脇腹にかけた斜めに乗らす細長い布である条帛、
腰から下に巻く裳、さらに膝のあたりに二条の天衣が
表現されていることがわかります。
勝の下に細状の太いひだをつくり、
腰の幅を広くしたスタイルから、
平安時代中頃の様式ではないかと推測できますが、
全体の痛みがひどいため制作年代を確定することはできません。
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“崖観音(大福寺)の縁起
崖観音で知られるこの寺は、普門院始形山 大福寺と称し、
真言宗智山派に属する寺院です。
境内の船形山の中腹に浮かぶ朱塗りの観音堂は
「崖の観音」と呼ばれ、
地元民や近隣の人達から信心され参拝されています。
この観音堂の本尊は、養老元年(717年)に
行基(668~749 年)が東国行脚の折に神人の霊を受け、
地元漁民の海上安全と豊漁を祈願して、
山の岩肌の自然石に
十一面観世音菩薩を膨刻したと言われています。
その後、慈党大師(794~863年)が当地に来録した折に
堂字が建設されたと言われています。
江戸時代になり承応2年(1658年)2月に観音堂が火災にあい、
朱印・宝・伝記等すべて失いました。
正徳5年(1715年)には観音堂が再建され、
朱印も復旧されましたが、
明治 48年の大豪雨により土砂崩れにあい
本堂・庭園とも倒壊してしまいました。
さらに大正12年の大震災で観音堂・本堂が倒壊し
現存の御堂は大正14年に、
本堂は昭和元年に建てられ現在に至っています。”
境内
境内図
2023年4月
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