「割れないであることに価値がある」
映画の途中で出てきたこの言葉が
今の自分にとっても響きました。
最近iPhoneも落としがちだったのでね
不注意だなと思ってたんですよ。
今ケースもなんだか馬鹿高いし勿体ない。
という物理的なことももちろんなのですが、
今回に関しては余裕のない自分にとっても響いてきた言葉です。
さてと、自分の心のキャパってみんな把握してますかね。
許せないラインとか、譲れない部分とか、人それぞれ持ってると思います。
私もお金を投げる人が嫌だとか、ずっと人を貶す人には耳を傾けないとか色々と持ってます。
そして歳を重ねるにつれ、何が嫌なのか少しずつ分かってきたことで自分の心の器を保つために人間関係のトラブルから回避したり、自分の心の整理をしやすく出来てきたなと30歳手前にして思っていました。
そんな過信もあったのかもしれません。やっぱり人には波があって、いつで同じ器ではないことをつい忘れていたようです。最近色んなことが降ってきていました。普段ならかわせることが突き刺さってしまったり、小さなイヤが消化されぬまま募っていました。
そして器から水が溢れ落ちそうな時ほど、私は人を助けようとするんです。なぜなら私は人を守れる、強い人間でありたいと自分自身に言い聞かせたがるからです。
建前では相手のために動いてることが、本心は自分のことを考えて動き始めたことに冷静に気づいた時に私は私が嫌になる。と完全なる悪循環ですね。
そんな時に出てきた言葉なのです。
「割れないであることに価値がある」
立て直すなら今だよねって、
私の器が壊れてしまってから気づいたら、それはもうなかなか元通りに戻すには時間がかかるよねって。ふと気づかされた私は自分の器をもう一度見つめ直そうと思えました。そんなこと当たり前だよなって思ったとしても、たまには自分のことちゃんと見てあげないと、いつのまにか手元にある器と想像の器がズレてるかもしれないのです。
たまにはね、本当に大丈夫か聞いてみよう。自分に。


