今回の式の時に
ワタシの隣にいた方は
隣町の方で、御夫婦と名前だけの参加で御主人の御母様での出席をされていました


しかしこの式に参加される3日ぐらい前から
御母様の容態が昏睡状態になり
(ご病気とかではなく老衰)

気持ちが落ち着かない様子でした
1日目は無事に終え

翌日、昼の薬石を終え
午後からの順堂をしている最中


御母様が息を引き取られたと
連絡があったようで

御主人は途中で式を抜けられました

奥様は最後まで御主人と御母様の戒名を頂く為に残られました

「義母が逝きました」私に呟くと

涙を抑えながら御経をあげられていました


休憩になった時に
「今日は沢山の特別な仏様達がここにいらっしゃいますから、御母様もご一緒に天に昇れます。家族に看取られ、この時に旅立てれてきっと幸せですよ…」と言うと


うんうんと頷き
「私もそう思います…」と言われてました

最後の薬石である祝膳

祝盃をした時に
奥様に「頑張られた奥様と御主人様、そして御母様に」と
盃を少しだけ上げました

奥様も涙を浮かべ
「パンクマさんも頑張られました。ありがとう」と
盃をあげてくださいました


通夜は翌日でしたが
菩提寺から10分ぐらいの葬儀場で
御親戚が集まるということで

少し早めに帰られる事に

奥様が
「また、お会いできますか?」と聞かれたので


「御寺の行事はなるべく可能な限り行く事にしてます。だからまた会えると思いますよ」と言うと

「良かったニコニコじゃあまた」と一端は去られたのに
再び戻って来られ

「パンクマさん!必ず会いましょうね」と
携帯番号と自宅の番号が書かれてた名刺を下さいました

ワタシはそれを受け取り
「ありがとうございます。メールしますね」と伝えました


今日、葬儀も納骨も終わっただろうと思い
色々お疲れ様でしたとメールをしました
すると、すぐに返信がきて
数回ほどやりとりをしました

奥様は「隣同士になれたのも、何かのご縁ですから、これからも特別な事だけじゃなくて他愛ないことを、メールしたりしませんか?」と言って下さったので
とても嬉しく思いました(^-^)


そしてもう一人
隣の隣に座られていた女性


こちらも御夫婦での参加でした

この方は昨年の震災があった時に
被害の大きかった「いわき市」にいらして
被災に遭われた方でした
ご主人の実家が福岡で
向こうでの後片付けが終わって
福岡に住むことになったそうで
沢山の知り合いを亡くし
悲惨な被害を自ら経験し
目の当たりにされ


あんなに大きな震災に関わらず
沢山の奇跡が重なり
生きていられるのは
御先祖様が守って下さったと
失った物は沢山あれど、
命があることに感謝をされていた時に


生前戒名の話を聞き

色々な思いを残す間もなく命を落とされた方々や

そのご家族の為に

今、自分達が出来るのは
冥福を心から祈り供養をする事と思われての参加でした


ワタシが主にお話をしたのは
このお二人だけでしたが



他に参加された方々もきっと
ワタシより遥かに
色んな経験をされてこられたのですから

様々な思いを抱え来られたのだと思います


本当にワタシも色々貴重な出逢いをさせていただきました