私が中学受験したときは、主に男子校は3教科で、女子は4教科でした。3教科とは、国算理のことです。その後、関西の中学入試は、一旦4教科に大きくシフトしますが、再びまた3教科に戻ってきました。その過程において、3教科と4教科のうち有利な方の点数を選んでくれる方式、さらには、3教科の中に、国算社も入る方式…というような実に様々な教科型・点数方式が生まれました。

 

最近、若干甲陽学院中の受験者・通学者の居住範囲が狭くなってきている感じもしますが、それでも、関西の男子を対象とする学校(男子校とは限らず、共学校も含みます)の中でも、特に上位帯を狙っている学校の多くは、灘・甲陽学院の日程(基本的に大学入試共通テストと同じ日程の土日の午前)を外し、さらに、その教科型である3科が選べる形にしているところが多くなっています。

 

前置きが長くなりましたが、私自身は、社会イコール暗記科目…という刷り込みがなぜかなされてしまったため、暗記が好きでない性格もあって、中学以降、全く社会を真面目にやらなくなりました。学校の社会の先生方は素晴らしい方ばかりだったのに、今考えれば非常に惜しいことをした…と思っています。テストなど意識せず、せめて話だけでも聞いておけばよかった…というところです。

 

ただ、私は、ある程度大人になってから気付いたのですが、社会は暗記科目ではないでしょう。色々な考え方や歴史観、地域特性などを身につける、国語の特に古典などと合わせて、一番教養という次元に関係する科目だと思っています。機械的に覚えるだけで、その流れを何も理解しないのなら、はじめからやらなくてもいいのではないか、と思います。なので、私はいま、3教科で進めている生徒をメインに担当していますが、中学受験が終わったら、必ず社会もきちんとやっておいた方が良い…ということを伝えるようにしています。

 

中学入試では流石に無理でしょうが、かつて東大の社会の入試にあった、~について次の5つの言葉を使って800字以内で説明せよ…というような問題が、理想と思っています。下らない丸暗記では歯が立たず、しっかり流れ・背景を理解することが重要になります。今はどうなのか、かつての共通一次試験の社会は、教科書にもろくに載っていないようなことを、重箱の隅をつつくような設問で問うていました。理系の人間にこんな科目を2科目も課すことに何の意味があるのか…と思いましたし、今でもそう思います。(まあ、共通一次対策を、後に後に後に後に回して、本番前2週間ほどでやろうとしたのも少々まずかったとは思いますが…でも、暗記科目が嫌いなので、どうしても早くやっても忘れる危険性があったのです…という弁解をしておきます。)