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9話連続で更新しております。
最新話は「42:次世代」からとなります。

ご注意ください。





視点:テオル


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47:テオルとスペリウス


僕の名前はテオル・レンブラント。
本名は別にあるが、これは特に必要ないので語らない。

これからの話も、僕の名をテオルと置き換える事にする。




旧魔王の息子として生まれ、幼い頃に、魔界の“流舞の国”に預けられた。

確かその時は両親に引き離される事に対し、泣いたり悲しんだりしたんだろうけれど、幼い996 ニューバランス靴
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頃の思い出など曖昧で、実の所、僕はあまり両親に対して思い出も思い入れもない。
ただ、一つだけ繋がりを意識するものがあったとすれば、母が与えてくれたお守りだ。
それは小さな“鍵”だった。

「これが家族を繋ぐ絆よ」

そう言って僕にこれを握らせた、母の言葉だけは、しっかりと覚えている。


流舞の国の人々は、皆良い人たちだった。
そこで暮らしたのは2年程だったけれど、城主は僕に優しかった。
僕より3つ程年下であった姫君のミネ様は幼くおてんばで可愛らしく、奥方様も僕とミネ様を同じ我が子の様に扱ってくれていた。

僕は流舞の国では何不自由無く、穏やかに暮らしていた。
何よりこの地で見た魔獣たちに心奪われ、幼い頃両親に引き離されたと言う悲しみは、ほとんど忘れてしまったと言っても良い。


だけど、あの日の事は忘れない。
流舞の国を焼いた、あの美源の国の兵器と魔獣兵。
美源の国は、魔界の中でも最先端の魔黒結晶技術を持っている大国だ。

美源の国の領土は大きいが、魔黒結晶の過度な採掘、かつての黒竜狩りなどのせいで、その土地に銀河病と言う不治の病の原因となっている穢れが蔓延し、人々の住める土地は限られていた。
銀河病患者も最も多く、彼の国は他国の清浄な領土を奪うため侵略を繰り返していたのだ。

流舞の国は美源の国に滅ぼされ、僕は美源の国に連れて行かれた。
美源の国は僕を利用し、魔王である父に、魔界に都合の良いあらゆる要求をしたのだ。
しかし父は、その要求を決して呑まなかった。

そのうちに、美源の国は僕を後の魔王に据えようと計画し、当時の魔王を討伐する計画を画策し、人間界の西国を利用する。

計画の要を担っていたのが、魔王の側近であったウラナスだ。
ウラナスは美源の国の出身者であり、銀河病に冒された男だった。
彼は魔王を裏切り、彼の討伐に成功した暁に、この国へ戻って来たのだ。

魔王の大魔獣スペリウスを連れて。





「……ニャア」

暗い牢の中、思わぬ泣き声を聞いて、顔を上げた。
そこには、金色の子猫が居た。暗いはずなのに、その猫の輝きのせいかよく見える。

「……とら猫? まだ小さいな」

どこから入って来たんだろうと思って、子猫に手を伸ばす。

「おいで」

魔獣が好きな僕だったので、この子猫がやってきてくれたのは非常に心躍る事だった。
子猫は僕に擦り寄って、膝に乗った。
その毛並みは美しく柔らかく、寒い牢屋の中でホッとする温もりを与えられる。

「ねえ、お前、どこから来たの?」

「……」

「お腹空いた? ごめんね、何も無いんだ。僕も腹ぺこだ」

「……ニャア」

愛らしい仕草で僕の手に頬擦りして、指先を舐める。
顎を掻いて、抱き上げた所、その子猫はボフンと煙を立て、一人の女性の姿となった。
思わずぽかんとする。長い金髪に、猫の耳のある、綺麗な人だった。

「若様、良かった、ご無事で……」

「……君は?」

「私はスペリウス・グローバー。若様は覚えていないかもしれないけれど、私、若様に会いに来たの」

「……スペリウス?」

スペリウスは僕を抱き締めて、そっと涙を流した。大きな猫目を細めて。

スペリウス・グローバーは父である魔王の大魔獣の一体だった。
彼女はウラナスと共に魔王を裏切ったと言われているが、実の所僕の為にここまでやってきてくれた、優しい魔獣だ。
彼女と父の間に何かやりとりがあったのか、それとも彼女の独断であるのか、それは今でも分からないが、スペリウスが僕の所にやってきてくれた事で、僕はこの美源の国から、何とか逃れようと決心するに至る。

そのうちに僕はスペリウスの事をペリーと呼ぶ様になる。
ペリーは僕の命の恩人だ。
彼女が居なかったら、僕は美源の国の操り人形と成り果てていただろう。

ウラナスが銀河病で死んですぐ、僕とスペリウスは美源の国を抜け出した。
まだ子供だった僕だが、スペリウスの力を借り、魔界の様々な国を旅して、この世界の状況を知った。

大地の穢れ、銀河病、争いの連鎖……何もかも手遅れに思えたが、僕は魔界を知れば知る程、この世界に愛着が湧いた。
切羽詰まった国々に人道など無く、ただ目先の救いの為、何をしてでも新たな清浄な土地を目指す。

愚かしい事に、彼らは人間界にまで手を伸ばそうとした。
それを繰り返せば破滅の道をたどると分かっていても、遠い未来を見る余裕など無く。

そんな魔界が哀れで、銀河病に苦しむ者たちを見ていられなくて、何とか救いたいと思った。
まだ若い僕は、それを甘い理想だと、誰に言われる事も無かった。

僕は人間界と魔界を行き来し、何か魔界を救う方法は無いか探した。そのうちに、自分が“妖精の申し子”である事を知った。
初めて人間界で妖精に触れたときの、何とも言えない驚きを覚えている。




「王妃様も、妖精の申し子だったのよ」

「王妃様って、僕の母様?」

「ええ、そうよ」

僕に群がる妖精を見て、ペリーが教えてくれた。
妖精たちは何を考えているのか分からないが、しきりに僕にくっつこうとする。

滑稽な姿が面白かった。

「妖精は、奇跡を起こすのよ」

「……何でも願いを叶えてくれるの?」

「それは、妖精次第だと思うわ。妖精たちは気まぐれで、人間にあまり興味が無いの。そこが、魔獣たちと違う所よ。魔獣は契約さえすれば人間に従順だけど、妖精はそうじゃ無いの。例え妖精の申し子の願いでも、妖精が叶えてくれない事だってあるわ。ただ妖精たちが耳を傾けてくれる存在があるとすれば、それは妖精の申し子と言うだけで」

「……ふーん」

僕はこの時、妖精を何とか魔界へ連れて行く事は出来ないかと考えていた。
それがどんなに難しく、世界の掟に逆らう行為であるのか、知らずに。

とりとめもない幼い考えは、後に“妖精ゼリー”として形となり、実行する事となる。
それを実行する時には、すでに世界の掟も、自分の行おうとしている事の愚かさも、知っていたけれど。

だけど、妖精の意志を取り除き、奇跡を起こす産物である妖精ゼリーは、ただの妖精にも、魔法結晶にも、魔黒結晶にも出来ない事を可能とした。
妖精ゼリーに「魔界を救って」と漠然とした願い事をとなえても、それは不可能であり、「大地の穢れを取り除いて」と祈っても、ほとんど効果は無かったが、「銀河病を治して」という個人単位の奇跡であれば、難なく叶えてくれたのだ。

きっと妖精ゼリーの奇跡の上限が、ここらだったのだろう。

僕は人間界の、リーズオリア王国と言う妖精の多い国を利用し、裏で王宮の一部の人間を操り、妖精ゼリーの生産に勤しんだ。
それらを大量に魔界に持ち帰り、多くの者を救った。

「だけど、これでは、自国の為に人間界の土地を奪おうとした国々と変わらないな……」

人間界から妖精を奪うと言う事は、人間界の自然の秩序に何かしら影響を与える事となる。

しかし、他に方法は無かった。
きっと魔界の国々も、同じ理由で争っているんだろうと気がついた。
他に方法があったなら、こんな事はしていない。

それが、全てだ。






ディカ・アウラムと言う大魔獣が居る。
それは神格化した黄金の龍である。

ディカは僕の父である旧魔王の大魔獣であったが、旧魔王が死んでから誰とも契約する事無く行方不明となっていたが、プバハージ島の山頂にて、ディカを発見する。

ディカは眠っていて、僕が何を語りかけても目を覚ます事は無かった。

ディカの力があれば魔界の大地を浄化する事も可能である、と、ある魔界の賢者から聞いた。
今すぐに大地を再生する事は出来なくても、時間をかけて土地を癒し、未来に希望を見いだす事が出来る、と。ただ厄介な事に、ディカは魔界を嫌い、旧魔王の討伐以降、魔界へ一度も帰っていなかった。

「ずっとここで寝ているつもりなのか……」

僕はお手上げだった。
妖精や魔獣にそこそこの人気者の僕ですら、ディカの興味をひく事が出来なかったというのは、悲しい事である。

この神様を使役出来た父は凄いな、と、何度となく思った。そして、ディカを使役出来た者が、ある意味魔界を救う者だろう、と。
僕もめげずに、何度もプバハージ島へ訪れたっけ。


4度目のプバハージ島訪問の際、僕は船上で、初めて実の妹と対面する事となる。
ベルルロットである。彼女は16歳となり、リーズオリアの決定通り、ある者と結婚していた。

僕の妖精ゼリーを、元の妖精に戻る薬を作り出したのが、ベルルロットの夫であるリノフリード・グラシスであったと知った時、衝撃的ではあったけれどある種の運命を感じた。
母の言っていた、家族を繋ぐ絆、という、とても複雑な運命を。

だから僕は、彼らグラシス夫妻に、母から貰った“鍵”を授けた。
それに意味があったのか分からないけれど。


結局、ディカを起こしたのは、妹のベルルロットだったらしい。
要するにディカに振られたのは僕で、ディカが選んだのはベルルロットだった。
その後、ディカはグラシス夫妻のもとで、誰とも契約する事無く過ごしているらしい。






「……銀河病の、特効薬……?」

「ええ。その薬を開発したのは、グラシス様……ベルル様の旦那様である、リノフリード・グラシス様です」

僕にその画期的な発明品を知らせてくれたのは、幼少時代を共に過ごした、流舞の国の姫君、ミネ・ルーヴだった。

彼女は自分が銀河病の病に冒され、それが完治した一連の話を、僕に教えてくれた。
現魔王もすでに、銀河病を完治してるとか。

もしその薬の力が本物であれば、妖精ゼリーなど作らなくて良くなる。
僕は安堵したし、不安もあった。

「あなたはかつて、現魔王様に妖精ゼリーに変わる何かが見つかったなら、魔王の座を継ぐとおっしゃった。その気持ちに、変わりはありませんか……?」

「……はい。約束は約束ですから。僕が魔王の座に着くというのはおこがましい気もしますが、僕しか居ないのでしょう……?」

「あなたが最適だという判断です」

「……」

ミネ様は幼い頃の天真爛漫な面影は無く、淡々としていて表情の変化に乏しい娘となっていた。
彼女がそうなったのは、おそらく流舞の国が滅ぼされたあの戦争があったからだ。

僕は困った様に、小さく笑った。

「少しだけ、時間をくれませんか。……準備が出来しだい、東の最果ての国へ向かいます。銀河病の特効薬が出来上がったとしても、それを新たな争いの火種にする訳にはいきませんから」

「……分かりました。現魔王様にそうお伝えします」

ミネ様は一度頭を下げ、ノーゴンと共に僕の前から去って行った。
僕は脇に控えていた大虎の姿のスペリウスの背を撫で「さて……」と。

「これから、やらないといけない事が沢山あるね、スペリウス」

「……魔王になるの? テオル様」

「こればかりは、仕方が無い。僕がならないと、おそらく候補はベルルロットさんか、その子供へ移る。それに、魔王になった方が何かと勝手が良いしね。……グラシスさんが薬を作ってくれたなら、僕のすべき事はそれを上手く魔界へ持って行く事だ」

「テオル様……」

スペリウスは12歳程の幼い少女の姿となり、うっと瞳を潤ませた。
そして、僕に抱きついて、横腹に顔を埋める。

「どうしたんだい。嬉しいかい?」

「うう~……っ、お兄様……っ」

「……今はお兄様、か」

スペリウスは人前では、僕の妹として振る舞う。
ただ、稀に本当に僕の事を兄であるかの様に呼ぶので、彼女の中で僕の立ち位置は複雑だ。

その薄い金の長い髪を撫でる。いつも毛並みを撫でるのと同じ様に。

スペリウスの複雑な心を理解するには、僕は若造過ぎる。

「……分かっているよ。魔王になったら、僕に自由は無くなる。でも、僕が魔王になる事で、僕の理想は一つ達成されるんだ。……僕は謹んでお受けするよ」

「……」

「僕が魔王になれば、スペリウスと一緒に居られる時間も長くなる。長命治世となれば、なおさら」

そう言って、僕は空を仰いだ。
魔界の淀んだ空を。

鳥獣が飛ぶ朝方の、色合いの明るい方を見る。東の方だ。










「……」

東の最果ての国にて、美源の国の軍を撤退に追い込んだ。
ほぼ壊滅状態にあったが、大魔獣の怒りに触れたのだから無理も無い。

「あ、ロークノヴァの奴、落ちてくわ。きゃはは、いいざま」

「こらスペリウス、そんな事言ってはダメだよ。ロークノヴァ様はこの国を守ってくれたんだから」

「……はーい、“新”魔王様っ」

スペリウスの声は興奮ぎみであった。
僕の手には魔王の証となる王錫が握られ、すでにこの世界のゲートを自由自在に操る事が出来る。

「……」

見える世界の色は違った。
世界を流れる魔力も、空に浮かぶ残留門も、二つの世界を結ぶ道筋も、よく見える。

門山の向こうから朝日が昇る。
新しい時代の夜明けを、祝福してくれている様に。

「ああ……魔王になってしまったんだな。……これからが、“長い”なあ……」

思わず、その真っ赤な朝焼けを見つめながら呟く。
スペリウスは喉を鳴らした。

「ずっと、ついて行くわ、テオル様」

「……ありがとう、スペリウス」


スペリウスの背を撫で、僕は微笑んだ。
彼女の背中が僕の王座である。これからも。

僕は美源の国の軍が去ったのを確認して、その王錫を掲げ、ゲートを閉じた。
固く、ほころびも無い様に。


そして、東城へ向かった。
これからあの城は、僕の城となるのだ。