N5747Z-16 | chuang260のブログ

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 ほんのりグロ表現があります。今更やもしれませんが、苦手な方はご注意下さい。
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暇人と死体と諦観

 吹き付ける方向すら定まらぬ強い風が吹き荒れ、横殴りの雨が翻弄されるように地面へとぶつかり続けていた。空は昼間にも関わらず鉛色の雲に覆われ、まるで宵のうちのようであった。

 「……ねぇ、おやっさん、これほんとやれるの?」

 ホームセンターの硝子張りの入り口、電源が供給されていない為に動かなくなっている自動ドアの前で身長一八〇cmを越える巨躯の少女が呟いた。

 普段は常に笑みを貼りつけ、大型犬のような愛らしさを感じさせられる顔は珍しく引きつっていた。額には軽く汗も浮いている。

 普通であるのならば、これほど強く雨が降りしきっている中を出歩く人間は居まい。

 吹き付けてくる方向が細かく変わるので傘はまるで役に立たない所か、風の強さで数分もすれば見事な朝顔を咲かせる事になるだろう。

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に路上に転がっている空き缶のような軽い質量物が雨に混じって宙を舞っている。別に当たっても死にはすまいが、当たり所が悪ければ痛いし怪我もするだろう。

 また、傘が役立たずだといってレインコートを着込んだとしても、内外の気温差で蒸れて内側が結露し、結局は濡れるのだ。こんな天気であれば学校や外回りはサボって、家でお茶でも飲んでいる方が賢い判断だと言える。

 「むしろ好都合だろう、音で連中が攪乱されててやりやすい。臭いもよっぽど強くないと気にならん。銃声の誘引性も下がるだろうさ」

 おやっさんと呼ばれた壮年の男が、無精髭を擦りながら煙草の煙を吐き出した。身に纏っているのは自衛隊の迷彩服二型であり、頭にストラップを止めないで被っているのがテッパチと俗称されるヘルメットである事から、彼が自衛隊員である事が窺える。

 「前見えないんじゃないかなぁ……」

 「そう思ってスポーツショップから持って来た」

 呟く少女の眼前に腕が伸びてきた。横合いから飛び出してきたそれにはスキー用曇り止め加工済みのゴーグルが握られていた。

 腕の出所を辿ると、此方も煙草を咥えた男であった。整った女性受けのよさそうな顔をした美男で、少女よりは幾分背が低いものの、体格も良い。

 身に纏うのは動きやすそうなカーゴパンツに黒いブルゾンという、少し少女に似た取り合わせの服装であった。

 「準備いいね、エコー」

 「まぁ、目が! 目が! って叫びながら食われたくあらへんし」

 少女がゴーグルの箱を受け取って中身を取り出していると、エコーと呼ばれた青年は煙草の煙を吐き出して物憂げに外を眺めた。その様は大変絵になるのだが、隣で彼より背の高い少女が思いっきり咳き込みながら、手で煙を払っていると途端にシュールに見える。

 「そろそろ怒ろうか?」

 「怒ろうかと言いつつ拳銃に手ぇ伸ばすな」

 着込んだタクティカルベストの胸元の固定されたハンドガンホルスターに手を伸ばす少女をおやっさんが小突いた。手首のスナップだけで軽く叩いたのだが、中々に心地よい音が響く。

 「……思ったより中身詰まってんだな」

 「ちょっとそれ失礼じゃない!?」

 叫ぶ少女に全く悪びれも無さそうな謝罪をしてから、エコーと同じく煙を吹き付ける。少女は再び噎せて、今度は軽く拳を振るった。

 わざと大振りにしたテレフォンパンチをスウェーバックで回避し、更に数歩後退する。本気であったら顎が砕けるような腰の入った拳打が飛んできたのだろうが、そろそろ止めないと本当にそれが飛んでくる事になろう。

 「ったく、スモークハラスメントだ……お店の中は禁煙ですぜ、じぇんとるめん。吸うならお外でどうぞ」

 「十数分後には連中の昼餉になってるかもしれないんだぜ? 煙草くらい好きに吸わせてくれよ」

 憤慨したようなポーズを取りながら文句を言う少女に、最後の一口を吸ってから吸い殻を携帯灰皿にねじ込むエコー。今となってはマナーなど形骸ですらないというのに、習慣という物は馬鹿に出来ないものだ。

 「でもまぁ、確かにそうだな。出撃前の一服と言ったら実にそれらしい」

 「いやいや、おやっさん、それ死亡フラグやで」

 しみじみと煙と台詞を吐き出すおやっさん。映画だと一番死にやすいポジションは確かに彼であろう。

 「確かにおやっさんって何となく死にそうだよね。此処は俺に任せて、お前等は先に行け! って言った後で奮戦しつつ」

 少女の感想におやっさんは、馬鹿言うんじゃねぇよと新たな煙草を一本を取り出しつつ笑った。

 「老人を大切にしない国は滅びるんだぞ? だからお前等は俺の代わりに壁になって頑張れ」

 「うわ、ひでぇ」

 「いやいや、もう滅んどるわ」

 こういうやり取りが出来るのはエコーが関西人であり、また少女も大阪暮らしが長いからであろうか。大抵の事は笑いかネタに繋げるのが美徳であると同時に悪い所だ。

 比較的余裕のある三人は笑っているが、同行する予定の自警団員二人は随分と暗い表情をしている。それもそうだろう、今から殆ど死ぬような決死の作戦に出るのに、それを煽るような冗談をカマされた挙げ句、揃って笑われたりしたら気分の一つも悪くなろうというものだ。

 「んで、いつ頃出るのさ」

 「ああ、もうそろそろ……」

 言い終えるか言い終えないか、といった所に別の自警団員達が何やら大きな袋を抱えてやってきた。その袋は彼等が歩く度に形を柔軟に変えている。

 「お、持って来てくれたか」

 「結構苦労したぜ、さぁ、おっぱじめようか」

 五人の自警団員がそれぞれ抱える五つの黒いビニール袋。中身は液体であるのだろう、普通には持っては形が変わって手から滑り落ちてしまうので盆の上にのせて運んでいる。

 袋が黒いから中身が何であるかを伺い知ることは出来ない。だが、一つだけ分かる事があった。

 「く、臭っ!?」

 その袋からは何とも形容しがたい不快な臭いがした。腐臭ともとれるし、生臭さも感じられる気味の悪い臭いだ。しかし、少女には嗅ぎ慣れた臭いでもあった。

 「何それ、凄い血臭……」

 おやっさんは少女に振り返り、少し自慢気に説明を始めた。どうして他人に自分の策を披露する時に、人はこうも得意げな顔になるのだろうか。

 なんでも、このビニール袋には簡単な罠やら、スポーツ用品店に置いてあった競技用のスリングショットを用いて捕獲した鳥の血を注いであるらしい。

 大抵が烏や鳩だそうだが、連中はヘモグロビンが含まれている赤い血液なら何にでも反応するので問題無いようだ。

 何故そんな物を大量に袋に詰めたかというと、安全に表に出る為である。

 急造のL字橋は、かなり強度に不安があるし、死体の囲いを全て跨げるほどの長さも無い。その為に何とかしてある程度死体を散らさなければならなかった。

 少女としては、地道に外から鉄パイプで作った槍を用いて頭を突いていくのかと思っていたが、血を一方向に向かってブチまける事で連中を誘引し、死体が減った所から橋を使って外に出るというのがおやっさんの用意した策であった。

 「へぇ、いいんじゃないの? 効率はかなりよさそうだし」

 エコーが言うとおり、一体一体潰していくよりは遙かに効率が良い。それこそ、何十時間掛かっても殲滅出来ないだろう数が集まっているのだ、出られるのは何時の事になるのやら、というお話しである。

 その分、これを使えば数は減らないものの、掃除するより楽に一方向を開けさせられる。連中はより刺激の強い方向へと向かっていく習性があるので、ホームセンター内の人員や、待機している少女達が影響を与える事は考えづらい。

 大量の生米と茶碗一杯分の暖かな湯気を立てる白米であったなら、その場で食べて良いと言われたらまず後者に手を伸ばすだろう。連中は極めて即物的なルーチンで動いているので、その点、誘引性には大いに期待が出来た。

 「さて、準備も出来たし行くとしようか。確認、時計の時間合わせ」

 それぞれ腕時計の時間を一秒のズレも無く同時刻になるようにセットし直した。作戦行動を迅速に行うには必要な処置だ。

 とはいえ、別にHQから無線を受けて作戦を行う訳でもないし、別行動を取る予定もないので、雰囲気は出るが、そもそも意味は薄い。恐らくおやっさんの習慣から来る行動だと思われる。

 まぁ、私の時計は電波時計なんだけどさ、と少女は内心で小さく笑った。彼女が愛用するのは、質実剛健を売りとする有名な海外時計ブランドの時計であり、海兵隊でも使用するモデルを民間仕様に直した物だ。今となっては電波も来ていないので調整は難しい。

 全員が時間を合わせたのを確認すると、おやっさんが左腕を曲げながら目線の高さに上げ、前腕のみをそのまま前に振り下ろした。前身せよ、というハンドサインであろう。

 各々あんまりやる気の無さそうな声を上げて、武器をしっかりと握る。少女とエコーは気抜けした声で、残り二人は何かを諦めた声で。遠征隊には覇気という物が全く感じられなかった…………。










 「思ったよっか凄いねぇ」

 「そーな、雨が降ってるから全然駄目だと思ったが、連中予想以上に感覚が鋭敏らしい」

 横から殴りつけてくるような雨が降りしきる中、五人の遠征隊と、橋を保持する役割の自警団員二人がホームセンター裏手の柵の前にて佇んでいた。

 たった数分間だけの待機だというのに全員余すところなく濡れきっており、服を絞ったら相当の水が出るだろう事が予測出来た。濡れていないのはジャム防止の為にキャップを取り付けた銃口くらいの物であろう。

 そして、目の前には無数に押し寄せてきていた死体の数がかなり減り、開けた視界が出来ていた。残っているのは何体かの鈍い死体や四肢を破壊されていて動きが遅い死体、または既に完全に破壊され、行動不能に陥っている死体だけだ。

 裏手とは対面が相当賑やかになっているので、自警団員達が脚立の上から連中に血をブチまけて揺動してくれているのだろう。同時進行で死体の数を減らす処理も進めているらしいので、其方は彼等に任せるとしよう。

 余談であるが、この血を撒く作戦は大いに戦果を上げる事となる。連中は臭いで獲物と同族を見分けるので、血が掛かった死体に襲いかかる連中が出て来たのである。その為、死体が押し寄せる事によって負荷が増したフェンスも、そこまで酷いダメージを受ける事なく済んだそうだ。

 全く予想していなかった効果であるが、所謂瓢箪に駒という現象であるので今後とも役立つ物とされ、血を絞るためにホームセンターでは鳩や烏が乱獲されたとか。

 閑話休題、死体が退いた裏手でフェンスを跨ぐように作られたL字橋が静かに設置されていた。長い方の辺の先端にロープが結ばれており、短い辺を抑えながらロープを緩めて静かに対岸へと下ろさせる。その為、L字橋はフェンスを跨いだ後は平仮名の“へ”の字のような状態になっていた。

 「……なんかすっげぇ頼りないねぇ」

 「文句言うなや、行くで。ポイントマンは俺だ」

 先頭を行くのは改造釘打ち機を持つエコーだ。本来ならば何かに押し当てていないと釘が射出されないそれを、安全機構を改造して打ち出せるようにしている。

 とはいえ、釘は本来射出して飛翔体として用いる為の物ではないので、安定して中距離を狙える訳ではなく、やはりインファイトを強いられる。装填も弾の調達も比較的容易であるが、射程が短いという欠点が大きかった。

 その為につけるポジションは必然的に最前衛、ポイントマンに限られる。直に触ったり鈍器で頭を潰すよりはずっとマシであるが、やはりリスクは高い。

 橋の短い辺には上り下りの為の階段が備えられているのだが、その強度にはどうにも不安がある。如何せんホームセンターの資材を使って素人達が組み上げた代物だ、工業製品と同程度の質を期待する方が酷という物であろう。

 避難者の中には一通りの職業が揃っているフラグってなんだったのかね、とエコーがぼやきながら慎重に橋を渡っていく。一歩踏み出す毎に雨の中であっても軋みが響くが、それでも改良の結果か床を踏み抜いて足が下から飛び出るなどという事はなかった。

 体感だが、フル装備の上に戦利品を持ってもエコーくらいの人間が渡ったくらいなら橋は壊れないだろう。複数人が同時に乗ったら話は別であるが。

 渡りきり、随分と久しぶりに柵の外にエコーは出た。血や腐敗した死体の欠片が辺りに散乱しており、酷い臭いがするが、凄まじい開放感を感じる。やはり外とは良い物だ。

 「まぁ、此奴等が居なけりゃの話ではあるんだがな」

 快音一発、硬質な物に金属が突き刺さる音が鳴り響いた。風雨の中であっても至近に居ればその心地よい音をしっかり聞く事が出来たであろう。

 硬質な物、とは地に臥しながらも此方に手を伸ばしてくる下半身を失い、頭皮が剥落して女か男かも分からなくなった死体の頭蓋。そして、快音はその頭蓋に釘打ち機から射出された釘が突き立った音であった。

 エコーが使っているのは職人御用達、建築現場で実際に使われるような高級仕様の釘打ち機であり、お値段七万円という立派な物であった。

 電気駆動で圧縮した空気を用いて釘を射出する型式であるが、その出力は日曜大工に使われる安物とは比べものにならないほど凄まじく、至近距離であったならば人間の頭蓋を易々と撃ち抜いて尚有り余る火力を有していた。

 釘は本体下部に備えられたドラムマガジンを連装させる収納部に専用のベルトを用いてリンクした物を百発単位で飲み込んでいる。ベルトの経と先端のユニットを変えれば様々な形の釘を打ち込めるようだ。

 現在装填されてるのは一般の金釘だが、本来は強固な建材を固定する為に用いる物なので、その威力の高さにも納得が行く。

 このような物が今の自警団のメインアームであった。釘は銃弾より手に入りやすく、そして再利用が可能。また、近接戦闘をしなくてよいから、現時点で最も汎用性が高く安価な武器であった。

 釘が貫通した訳では無いものの、死体は地に縫いつけられるように頭を垂れ、数度痙攣してから動かなくなった。釘が突き立った事によって割れた頭蓋の合間より腐れて変色した脳漿が溢れ出していた。

 「治すのも壊すのも今となっては同じか」

 皮肉気に呟きながら、エコーは腕を振って安全を示し後続に続くよう促した。次に自警団員の一人がおっかなびっくり橋を渡ってくる。

 死体となった人間を救うことは出来ない。仮に原因を取り除けたとしても、既に細胞は死滅しており、体機能を殆ど失っている。なので、もし正気を取り戻してもそのまま死ぬ。

 もう、彼等に安息と安らぎを与えるには、中枢を破壊し、永遠の安寧へと沈めてやる他無いのだ。

 続々と自警団員が柵の向こうに降り立った。少女は随分と気軽な跳ねるようなステップで橋を渡りきり、着地する。雨が盛大に弾けてエコーの足に掛かった。

 「おい……」

 「もう今更じゃね?」

 確かに既に全員濡れ鼠だ。しかし、この辺りに水は死体から分泌された腐汁や脳髄、内臓の欠片が混ざっているので大変汚い。色は灰に近いおどろおどろしい色をしており、普通の雨とは比べるべくもない。

 それに、下手をすれば本人が意識していない程小さな傷口などに触れて、何かの感染症を引き起こす可能性が無いとも言い切れない。勘弁してくれ、というように彼は首を力なく振った。

 阿呆やってる暇があったら集まれ、とおやっさんがそれを窘め、全員で一箇所に纏まる。自警団員に一人が死体の頭を砕いていて遅れ、ドヤされていた。

 「説明したとおり、商店街を目指して駆け抜けるぞ、目標は一時間以内に帰還。中の連中の負担を少しでも軽減するためにさっさと行ってさっさと帰る」

 為すべき事は極めてシンプル。行って、集めて、帰ってくる。ただそれだけだ。事前にプランも立ててある程度の筋道も既に用意してあった。

 地図は誰も持っていないが、頭に叩き込んである。どのみち、悠長に開いている暇なんぞ何処にも無いし、その上この雨だ、紙媒体の地図なんぞ役に立つまい。

 「いいな、嚼まれた奴は置いて行く。ただ、生きてる間は絶対見捨てるな」

 全員小さく頷いたが……名目上の事だ。一を助ける事によって二が死ぬような状況であれば、全員迷い無く一を斬り捨てるだろうし、斬り捨てられる方も恨み言を言いはしないだろう。

 彼等とて、もう何度も経験した事であるのだから。

 泣きながら恋人の頭に釘打ち機を押しつけた女。絶叫しつつ子の頭を砕いた父。伴侶の眼窩にナイフをねじ込みながら狂ったような哄笑を上げた女。絶望と悲劇は最早日常である。誰も、その事について文句など言わない。

 無駄であると分かっているからだ。

 例えどれだけ叫ぼうと、呪おうとも死体は此方を見逃しはしない。掴みかかり、本能のままに貪るだけだ。連中にとって我々は単なる餌に過ぎない。

 我々とて屠殺される家畜に慈悲をかけないし、捌かれる魚にも摘まれる野菜にも謝罪などしない。それと同じだ。

 力を以てして相手を踏みつける者は、また己より強い力によって踏みつけられても文句を言う権利を持たない。自分達がしてきた事だ、されたとて抗議出来る義理など一体何処にあろうか。

 全員が何処かで認めて諦めている。だからこそ、彼等は此処に立てたのだろう。

 状況を開始する、というおやっさんの声に従い、陣形が整えられた。

 先頭に近接武器を持った自警団二人とエコー、中衛に様々な距離に対応出来る銃器を持ったおやっさん。そして、後衛に正確な援護が出来る武器を持った少女が付く。

 分断されないようにそれぞれの距離はかなり狭く取っており、一団になって移動する。先頭にいる自警団員の一人が一番足が遅いので、それに合わせて走る為の陣形でもあった。軍隊とは戦略レベルでは最も足の遅い物に倣う物だ。仮に一部隊だけが速く突出したとしても、それは何の意味も有さない。精々各個撃破されて終いだろう。

 ペースを最も遅い者に合わせるのは行軍の基礎だ。その辺りを踏まえて作戦を立てているのは軍隊経験者が居るからだが、これは唯一このコミュニティーの強さと言えるだろう。他は一般人の集まりなので頼りないこと極まりない。

 雨を蹴立てながら一団が走り始める。目指すのは此処から半kmほど離れた所にある商店街だ。この辺りは都市部から離れた過疎地で、周りにあるのは点在したマンションや民家、取り残されたように作られた田圃くらいのものだ。

 都市部と都市部の間隙に出来たような田舎町、それが此処である。大都市のように視界が著しく制限され、人が一人隠れられるような隙間が沢山ある場所に比べたら動きやすいと言えば動きやすい。

 少女は立ち枯れした稲が取り残された田圃の中や小路の奥で点々と蠢く何かを見つけた。どうやら連中の中にも獲物を取り囲まずに別の気配を追い回して居たような奴等も居るようだ。

 戦闘の予感に脳髄の奥を軽く擽られながら、少女はセレクターに指を伸ばした。今は走っている時に暴発するのが怖いのでセーフティーに合わせているが、何時でも撃てるようにしておいた方が良いだろう。

 トリガーガードにかけられた右手人差し指が小さく震えているのは、まず間違いなく恐れから来るものではないだろう。

 町は文字通り死んだようだ。鉄筋コンクリートのアパートの壁やマンションの合間には時折食われ過ぎて死体として復活しなかった残骸や自動車が放置され、中には混乱の最中に火事を起こしたのか焼け落ちている建物も見受けられた。

 朽ちるに任されている灰色の町に雨が降り注ぐ。まるで何かを必死にぬぐい去ろうとしているように思えた。地を這う人と死体を哀れんで何かが涙を流している、少女の脳裏に何となく詩的な表現が浮かんだ。

 人が住まなくなって一年も経っていないというのに町は荒れ放題だ。街路は枯れ、道路は所々が剥離して雑草を茂らせている。保守の手が入らないと現代インフラというのはこれ程に脆い物なのか。

 建物の壁にも罅が入っている場所が散見され、下手な表現だがゴーストタウンのようである。いや、別に比喩表現でも何でもない、ここは死体が跋扈する死の町なのだから。

 下らない事を少女は考えて居たが、それでも警戒は怠っていなかった。市街地には殆ど死体はおらず、遠くのほうで雨音に翻弄されてフラフラしている姿を僅かに確認しただけだ。あの程度の数なら前衛の鈍器だけで十分対応可能である。

 成人男性として平均的な運動能力を持っていれば五〇〇mを走破するのに然程の時間を要することは無い。

 通りを数度曲がり、市街地に入って少しの所に商店街はあった。アーケードタイプの商店街ではなく、入り口にアーチがあり、立ち並ぶ街灯に吊り看板がぶら下げられたオープンタイプの商店街だ。全長も二〇〇mあるかないかという実に小規模な田舎の商店街だ。

 商店街がアーケード型でなかった事は、この天気では僥倖と言える。ただでさえ空が曇って暗いのに、明かりの無いアーケードの中に入ったらどうなるかは想像に難くない。剰りにも暗く、フラッシュライトを以てしても視界を満足に確保出来ない中で探索を行うなど自殺にも等しい。

 「総員、全周警戒」

 おやっさんが全員に聞こえる程度の声で言った。商店街には店舗建造物の間に小路が何本も走っており、死体が飛び出してくる可能性があるポイントは多分にあるからだ。

 少女は遠雷を聞きながらカービンの安全装置を親指で跳ね上げた。セレクターをセミオートに設定し、何時でも撃てるようにすると同時に、ゴーグルの水を軽く拭っておく。

 「主な目標はスーパーと薬局。最初にスーパーに行って食料を漁り、帰り際に薬局で使えそうな物を探す。いいな、離れるなよ」

 全員が命令に頷き、行動を開始した。目指すのは商店街の真ん中の方にあるスーパーマーケットだ。個人営業のスーパーではなく、全国展開チェーンの一つである。

 電源の落ちた特徴的な赤い看板を眺めつつ駆け寄ると、少し意外な事があった。スーパーの前にバリケードが築かれていたのだ。

 バリケードとはいっても貧相な商品を入れるプラスチック製のコンテナや陳列棚を使った物で、既に崩れており役立たずと化している。固定に使われていたと思しきガムテープを触ると、随分劣化していたので壊れたのは近い内の事ではあるまい。

 順番にバリケードの壊れた場所を跨ぎ、店舗の前に立つ。

 スーパーは良くある造りをしており、前面は全て硝子張りであった。その硝子は中で相当の修羅場が繰り広げられたのか、全て割れて通りと内部に散乱していた。

 入り口である自動ドアの硝子は砕け、最後の壁として使われていたのか自動販売機が内側に向かって倒れている。良く考えないでも既に中に立て籠もっていた者達が全滅している事が窺えた。

 ヒデェ、と呟きながら自警団員の一人がハンマーを担ぎながら硝子を跨ぎ、中に入ろうとした。

 半身になって自動ドアの隙間に身を差し込み、そして片足を倒れて傾いた自動販売機の隙間の前に下ろしたその時、隙間より腕が伸び、彼の足を掴んだ。

 悲鳴が漏れるも、自動販売機の下から伸びた腕は容赦無く足を引っ張ってバランスを崩させ、運が悪いことに彼はブチまけられた硝子の海に受け身は愚か、顔を護ることすら出来ずにダイブする。

 何枚も重ね着しているので体に負うダメージはないが、顔や指先など露出した部分にガラス片が次々に突き刺さり、血が玉のように滲み出す。だが、問題はそれではない。

 自販機は倒れ込んでいたが、付近にあった雑誌の陳列棚に引っかかっており、完全には地面に倒れておらず大きな隙間をその身の下に作っていた。そこに死体が隠れていたのだ。

 隠れていた、というよりも下敷きになって死んだ人間が、そのまま転じたが動けず取り残されていた、というのが正確であろう。漸く獲物を見つけたそれは己の欲求を満たすために行動する。

 掴んだ足を頼りに身を動かす。鈍い音が響き、押し潰されていた腰から下が脱落して腐った臓物が盛大にこぼれ落ちた。どうやら血は既に殆ど流しきっていたらしく、あまり零れない。

 剰りに咄嗟の事であったのと、次の位置に居たのが荒事に不慣れなもう一人の自警団員であった事が悪かった。反応しきれず、ただ叫ぶことしか出来ていない。

 それは倒れ臥した彼も同じである。死体に足を掴まれている恐怖、硝子が突き刺さる痛み、それらが相まってまともな行動を取ることが出来ない。

 しかし、慣れている者達は違った。エコーは怒号を開けながら自警団員を押しのけて、倒れた彼を救うべく身を乗り出し、少女は回り込んで割れた前面の硝子に沿うように並べられたサッカー台の上に飛び乗って店に侵入する。

 渇いた銃声と、圧搾した空気の漏れる音が響いたのは殆ど同時の事であった。

 自販機の下から這いだしていた死体の右目を5.56mm弾が抉り、そのまま侵入して後頭部へと脳漿と脳幹を巻き込みながら貫通、それを戒めていた自販機へと突き刺さる。

 頭部に長い釘が連続して二本突き刺さり、鈍器で殴られたような勢いで地に縫いつけられる。そして、今度は痙攣する事も無く完全に動きを止めた。

 が、僅かに遅かったようだ。脳を破壊され壊れた死体の腕から力が抜け、自警団員は掴まれていた足を引っ張りだしたのだが……。

 そのズボンと靴下の隙間には確かな噛み傷があった。皮膚と肉が浅く裂け、血が僅かに零れていた。雨で湿った生地から零れる水が傷口を洗い、その存在を有り有りと示す。

 そして、嚼まれた場所が悪かった。傷は浅いとは言え、しっかりと足の腱を絶つように噛み傷が走っている。恐らく、足はまともに動くまい。

 自分の傷口を見て、嚼まれた自警団員は青ざめていた。分かっているのだ、嚼まれてしまってはどうあっても助からないと。

 普通ならば厚着をしたりして嚼まれた時に体液が体に接しないように防護手段をとっている。その為に全員厚着しているし、インナーもしっかり着込んでいるのである。

 そして、足首等の露出しやすい場所を護るために包帯などを巻いておくのだが、彼は動きが阻害されるのを嫌って巻かなかったようだ。今回は相当走る事になると思ってそうしたのだろうが、それが徒になった。

 寒さを由来としない震えに憑かれ、歯を撃ち合わせる彼に対する周囲の反応は概ね冷淡であった。コンビを組むようにさすまたを持っていた自警団員は複雑そうな表情をしているが、他はそうではない。

 鋭い金属の擦過音が聞こえた。立ち上がる事もままならず、へたり込んだままの彼が、音に反応して顔を跳ね上げると、そこには9mm拳銃のスライドを握ったエコーが立っていた。

 こうなるともう何をしても助からない。手で触れられたくらいならまだしも、体液を体内に間違いなく取り込んでいるほどの損傷ともなると手遅れだ。量が少ないので今すぐに変わる訳では無いが、数日の内には転じることになるだろう。

 そして、足を痛めているのでまともに動くことはもう適わない。これで動くのであれば、撤退するまでは働いて貰おうという気にもなったのだが、これでは単なる足手纏い以外の何者でも無い。

 そうなればすることは一つだけである。

 彼はエコーを絶望したように見上げ、目尻に涙を浮かべたが……暫くしてから諦めたように顔を下ろした。

 何も言わない。言っても意味が無いし、既に遺される者に伝えるべき言葉はホームセンターに遺書として置いてきた。今出来ることは、今までの者達と同じように黙って処理されることだ。話せば話すほど仲間の活動可能時間を削ぐことになる。

 そして、数秒の後に拳銃の引き金がいともあっさりと引き絞られた。雨音の中に一度、銃声が響き渡り、沈黙が訪れる。

 9mm弾は狙いを過つ事無く高速で回転しつつ飛翔、額に突き刺さり頭蓋を貫通して、その回転で脳漿をかき回しながら突き進む。そして、圧倒的な破壊の力を引き連れて後頭部に達し、抜ける時に最大の威力を発揮して大量の脳漿と砕いた頭蓋骨、そして頭皮の一部を伴って再び虚空へ踊り出した。

 鮮血と淡い桃色の脳漿がスーパーの壁をケバケバしい赤に彩った。少し遅れて、着弾時の衝撃に押された上半身が鈍い音を立てて床へと落着する。もう、僅かに開かれたままの彼の目が何かを映すことは無かった。

 「装備を回収。鈍器は置いていけ、バックパックと拳銃だけでいい」

 「あいよ」

 おやっさんが無機質に命じ、エコーも冷淡に受け取る。9mm拳銃をしまい、彼が腰に挟んでいたニューナンブを引っ張り出してジャケットのポケットへとねじ込む。

 そして、弾をポケットから抜き去り、担いでいたバックパックを取り上げた。中には簡単な医療用具などが入っているので捨てるわけにはいかない。

 誰一人、恨み言も零さず舌打ち一つすることもなく、ましてや涙を流したり嗚咽すらしない。最早慣れきってしまっているのだ、近しい人間の死に。

 近親者や友人の死は己を蝕む病魔になる。彼等はその病魔への対抗策として、諦めて考えないことを選び取ったのである。考えても答えなど出ない、何処にも無い問いへの対応としては最も利口なものだろう。

 結局、人間の命など、それくらいに思っておかないとやっていけないほど容易く喪われてしまう物なのである。そうであるのならば、諦めてしまえばいい。愛情も友情も悔恨も、全て諦観の内に沈めれば苦しまずに済むのだから。

 「総員、迅速に此処を制圧しつつ食べられそうな物を回収しろ。二人一組、エコーは俺と来い」

 整理を付ける時間などは要らない。全員、既に死体から目線は外し意識の埒外に押しやっている。思い出すのは、帰還して彼の生死を聞かれてからだ。

 エコーは釘打ち機についているストラップに手を通し、大抵のスーパーに備え付けられているプラスチックの買い物籠を手に取り、それを乗せるカートに籠を二つ積載した。

 少女は自分と組むことになる自警団員に同じようにするよう、顎をしゃくって示した。声を出して命じないのは彼を軽んじているのでは無く、口を開くのは面倒臭いし、態々声に出してまで説明する必要性が無いからだった。

 彼はさすまたを持っているのだが、カートを押すのなら邪魔になるので少女が預かる事になった。カービンをスリングで背に担ぎ、さすまたを軽く振るう。スチール製なので軽いが、あまり強く殴ったら曲がりそうだ。

 なら、仕方がないかと少女は諦めて拳銃を抜いた。9mmはあまり在庫がないのだが、仕留めきれずに嚼まれるなんて事態は御免なので仕方があるまい。何はともあれ命が優先である。

 さすまたは左手に持って肩に担い、右手でしっかりとM92Fをホールドする。閉所ならばカービンよりも取り回しが利く拳銃の方が適している。片手で扱うとなると尚更だ。

 片手が塞がっているので、口でスライドを噛み、そのまま手を前に突きだしてグリップ側を前身させる事によってスライドを引いた。

 しっかりとチェンバーが露出した事を確認すると、口から離す。勢いよくスライドが前進し、初弾が装填されたのが分かった。

 「うっし、したら行こうか」

 親指でスライド左側後部に備えられた安全装置を弾いて外し、その下に隠されていた赤点を表示させた。M92Fのセーフティーは親切な作りになっており、セレクターを操作して撃てる状態になると赤い点が表示されるようになっているのだ。

 向こうはエコーがカートを押し、おやっさんが警戒にあたるようだ。顔を見ると、顎で左側を示したので頷き、自分達が先に回った。左側を探索しろという合図である。

 このスーパーは中々に広い店舗を誇っており、店舗部分は通りに面した側に長い辺がある長方形で、入り口は左右にあり、その分だけ僅かに長方形から飛び出して通路のようになっている。

 大抵のスーパーでは天井に何を置いているのか書いているので陳列している場所が分かるのだが……あまり役には立たないだろう。

 何故なら、店内の棚の配置がかなり変えられており、外から持ち込まれた物がかなりの量で散乱しているからだ。どうやら、ここに立て籠もっていた者達が生活環境を整える為に並べ替えたようだ。

 中央の方の棚は押しのけられており、端っこに寄っている。そして、開いたスペースには奥から引き摺り出してきたのか、事務机などが数脚並んでいた。

 流石に奥の方に行くと暗いので、胸物とにあるL字型フラッシュライトの明かりを付けた。ベストに最初から刺さっていた物で、手を使わないで前方を照らしてくれる頼もしい光源だ。

 明かりがあると視界が開けるのは言うまでも無い。実に有り難い事だが、問題が一つある。

 見たくない物まで見てしまうことだ。

 端っこの方に、死体が幾つか転がっていた。動くことは無い、既に完全に死んでいる死体だ。大きさはまちまちなのだが、その全てが骨が見える程肉を貪られている。食われすぎて再生しなかったのだろう。

 数は五~八といった所であろうか。物によってはバラバラに散乱しており、正確な数を把握出来ないのである。

 隣で自警団員が息を呑んでいるが、少女は特に気にする事無く歩を進めた。足下に散らばる骨が邪魔なので、足先で払い、何か使える物は無いかしら、とそこら辺をざっと見て回る。今蹴っ飛ばしたのは太さからして大腿骨であろうか。

 しかし、特に役に立ちそうな物は転がっていない。ゴミを詰めたビニール袋、抵抗するために作ったと思しきモップの柄の先に包丁を括り付けた粗末な槍。後は……。

 「おっ」

 少女が目敏くゴミの中から黒光りする物を見つけた。日本の警察官が腰にぶら下げている拳銃、M360SAKURAだ。

 ゴミの合間から覗いている銃口を引っ張り出すと……その合間から嫌な擬音と共に腐肉を骨に貼り付かせた腕がくっついてきた。

 「わぁお、オマケは要らないよ」

 銃を振りたくり骨を引きはがす。まだフレッシュな腕であれば死後硬直で引きはがすのに難儀したかもしれないが、骨になったら惰性で引っかかっているだけなので直ぐに取れた。

 汚いなと思いつつも持ち替え、マガジンキャッチを押し上げてシリンダーを露出させたが、煤に塗れて使用済みである事を示している空薬莢しか収まっていなかった。

 残念だが、38スペシャルを使う他の銃が壊れた時の予備になるので無駄ではない。弾があれば尚よかったが、持っていそうな死体は近くに転がっていないので、この銃の持ち主は右手を置いたまま何処かへ行ってしまったようだ。

 へい、パースと自警団員に拳銃を放りなげ、探索を再開する。背後から、うわっ!? きたねぇ!! という悲鳴が聞こえてきたが無視だ。腐れ汁くらいに慣れていないのが悪い。

 さて、何か見つかると良いのだがと少女は思った。

 そうでなくては、果てた彼が無駄死にに終わってしまうから…………。
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 長らくお待たせして大変申し訳ありませんでした。ようよう戦闘シーン含みの最新話です。いや、試験がですね? 思ったよりアレでして……勉強は大切ですね。後は仕事も立て込んでいたというのも有りますが。

 とりあえず出征は前後編になります。現時点で用紙七〇越えていてえらい状況なので、分けた方が読む方も編集するのにも無難かと思って分けました。

 とりあえず次はそれほど時間が空かないうちに……と考えてはおります。よろしければ感想や誤字・誤用の訂正、作内における矛盾点など発見致しましたらご報告下さい。作品の質を向上させる事や筆者のテンション上昇に役立てさせて頂きます。