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第三話  ミナンの頼まれ事

 ミナンは扉を開け、廊下に出た。

「それでは、失礼いたします」

 部屋の中にいる領主夫婦に一礼し、彼女は静かに扉を閉める。
 クラインセルト家にメイドとして仕え初めて三年が経つ。先輩メイド達が次々と“処罰”された為に経験の浅い彼女が跡継ぎであるソラ・クラインセルトの側付きになってから更に一年だ。
 何とか問題なく立ち回ってきたと彼女も自負している。

「今日までは……。」

 廊下の窓から太陽を見上げて呟く。
 ソラに半ば脅されながら領内の状況を語ってしまったのを悔やむ。領主への批判と取られかねない事も言った。
 これが知られたら明日の朝日は拝めない。

「それにしても、何だったのかしら?」

 ミナンは一人呟く。
 普段からわがままを一切言わずミナン達使用人を困らせることを避けるソラの意地悪な言動の数々が気になって仕方がない。
 領主に毒されたのか。同じクラインセヴィトン 新作
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ルト家に連なるのだ。血は争えない。

「あのソラ様が領主のようなおぞましい豚に──考えたくもない。もしあんな風に育ったら責任を持って心中してやるわ」

 不敬罪に問われる独り言を漏らす。
 高価な風景画や壷が置かれた廊下を進む。一昨日この屋敷に来たメイドが暗い顔で掃除をしていた。生き地獄に招かれた哀れな新人に同情の視線を送る。
 なにしろ、この屋敷には身の危険が多すぎるのだ。ちょっとした間違いで処刑され、領主に目を付けられれば貞操の危機、領主の妻に睨まれれば娼館に売り飛ばされる。
 回避するには強力な後ろ盾を得るか、いなければ困るほどの有能さを見せるしかない。
 この過酷な職場で新人の彼女は何時まで働けるだろうか。

「──っと、新人さん。あなたも確か漁村の出よね?」

 ソラからの頼まれ事を思い出し、ミナンは新人メイドに声をかける。

「は、はい」

 唐突だったせいか、新人メイドは弾かれたように背筋を伸ばし、上擦った声で返事をした。

「落ち着いて、深呼吸」
「……すみません」

 ミナンのアドバイス通りに深呼吸を二回して、新人メイドは動揺を静めた。
 それを見計らって本題を切り出す。

「あなたの実家で一年中凍った草を見たことある?」
「凍った草、ですか?」
「そんな不安そうな顔しなくてもダメ元で聞いてるから心配しなくても大丈夫よ」

 一年中凍った草なんてあるはずないし、と口の中で続ける。
 ミナンがこんな事を言い出したのは何も新人いじめをするためではない。ソラから一年中凍った草を持って来るように頼まれたのだ。しかし、存在しないものは探しようがない。
 もしや、いじめられているのは自分ではないかと少し疑うミナンだった。
 どうしたものかと考えるミナンに新人メイドが恐る恐る口を開いた。

「凍ったように見える草なら、海岸線にありましたよ。塩辛い草ですよね?」
「……あるのね。世の中、知らないことだらけだわ」

 塩辛いとの情報もソラから聞いた通りだ。海岸に生えているとの特徴も一致する。

「ソラ様が欲しがってるの。次期領主の権限で休みを下さるそうだから、採ってきてくれる?」
「休みを貰っていいんですか!?」

 今までの暗い表情は何処へやら、新人メイドは瞳の輝きを取り戻し全身で期待を表現している。
 この生き地獄から僅かな間でも逃れられると聞けば無理もない。ミナンだって機会があれば何を置いてもすぐに逃げる。

「ただし、凍った草を土ごと持ってくるのが条件よ?」
「はい! でも、あんな草をどうして欲しがるんでしょう」
「さあ? 何でも知りたいお年頃だから、きっと一目見たいだけよ。十株以上持ってくるように、とも言われてるから注意してね。あと漁師を一人連れてきて」

 ミナンが知っている範囲で漁の話をしたが、ソラの知識欲を満足させるには足りなかったらしい。それで現役の漁師を連れてくるように言われたのだ。
 経緯を説明すると、新人メイドは地元の漁師の顔を思い浮かべて適任者を選んでいるようだった。

「分かりました。それでは早速、行って来ま──」

 言いながら歩き去ろうとする新人メイドの首根っこを掴んで引き留める。

「掃除を終えてからにしなさい」
「ちっ……。」

 新人メイドの舌打ちは聞かなかった振りをしてミナンはその場を後にする。
 まだ頼まれ事は終わっていないのだ。

「残りは古着をありったけと木の板を百枚確保して、街の様子と浮浪児の体型を調べる、だったかしら?」

 貴族の子供ともなると興味を持つものが庶民とは違うらしい。
 まだ他に頼まれていた気もするけど、何だったか。

「まあ、いいか」

 思い出す努力を早々に放棄し、ミナンは屋敷を出た。
 浮浪児の体型を調べるところから始めよう。
 屋敷にいたらあの豚領主に目を付けられて寝室に連れ込まれるかも知れないし、逃げるが勝ちだ。