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06:水彩

別荘からグラシスの館へ戻った次の日の朝、僕はモーニングコーヒーを吹き出した。
王宮への出勤前、王都新聞を読んでいたら、そこに昨日の事件についての記事があった。


“王宮魔術師、密猟者捕える”


なんかこんな感じのタイトルで、他のものと比べると小さな記事だったが、モノクロ写真も付いてあった。
僕と、その奥にぼんやりベルルも写っている。いったいいつ撮った写真なのか。

しかし写真機は持っていないので、ベルルの写真は貴重と言える。
僕よりベルルがはっきり写っている写真の方が良かったな……。

それにしても、記事のシャネル ヴィンテージ バッグ
シャネル ウォレット
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内容は淡白なものだった。
別荘に訪れていたグラシス夫妻が密猟者に遭遇。その際僕が密猟者を魔法で捕えたと言う事になっていた。

妖精の事は伏せられている。

「あ、旦那様だわっ!!」

ベルルが僕の読んでいた新聞を覗き込んで、写真をみつけ声を上げた。

「写真だよ。ベルルは初めて見るかい?」

「ええ!」

ベルルは表情をキラキラさせながら、新聞の上の僕を指で撫でる。

「ねえ旦那様、その新聞の写真、私、貰っても良いかしら?」

「……どうするんだい?」

「も、持っておいて、見るの。旦那様がお仕事で居ない時に………」

ベルルは何だかもじもじしながら、そう言った。
改めてそう言われるとどこか恥ずかしいが、嬉しくも思う。

「ああ。こんな小さな写真で良ければ……」

「私、サフラナにハサミを借りてくる!!」

ベルルは嬉しそうに、サフラナの所へ行ってしまった。

そしてふと思った。
自分もベルルの写真があれば良かったなと。

ベルルがハサミを持ってやってきた。
僕から新聞を受け取ると、写真の部分だけ切り取って嬉しそうにそれを眺めている。

「これをスケッチブックに貼りましょう!」

「スケッチブックに? どうして?」

「だって、いつも持ち歩いているものだもの。中庭で植物を観察している時に……」

「……」

ベルルはそう言って、スケッチブックを持って来た。
スケッチブックには観察してきた植物のクロッキーが多くあり、その隣に色々とメモがなされている。
というか、ベルル絵上手いな!!

「……君、絵を描くのが上手いな」

ただの鉛筆でさらさら描かれたものだったが、ベルルにこのような特技があったとは思わなかった。

「そう?」

ベルルには自覚が無いようだった。
スケッチブックの隙間には、きっと彼女が見かけたのであろう、沢山の妖精の絵があった。
彼女が中庭でこのようなものをちまちま描いているのだと思うと、何だか微笑ましい。

「ほら見て、旦那様! 写真を貼ったわ!!」

ベルルはそんなスケッチブックの1ページに、新聞の写真を貼る。
そして嬉しそうに、それを僕に見せた。









研究室で仕事をしながら、僕はふと思いつく。
ベルルの暇つぶしになるなら、彼女にもっと画材を与えて絵を描かせたらどうだろうかと。

王宮には宮廷画家の為の画材店と言うのがあるが、休み時間にそっちに行って、画材を見てみる。

「あれ……リノ、どうしたの……?」

「ああ、フィオか……」

画材店には、幼なじみのフィオナルド・コレーが居て、僕を見て驚いていた。

僕と彼は、幼い頃からの知り合いと言うのと、魔法学校で同じ班だった間柄だ。
フィオナルドは少々変わった男で、魔術一門に生まれ魔法の才能もあったのに、最終的に宮廷画家になった普通で無い経歴を持つ。

「そう言えばリノって結婚したんだね。今朝の新聞で読んだよ」

「あ、ああ……」

「おめでとう。ちょっと安心したよ……」

さて、前の婚約者とのあれこれも知っている彼だ。
彼が人におめでとうなどと言う事は少ないのだが、それほど僕の事を哀れに思っていたと言う事だ。

「その……妻に画材を与えたいのだが、どれが良いのだろうと思ってな。僕は絵の事は全く分からないから……」

「……奥さん、絵を描くの?」

「ああ……植物を良くスケッチしたりしている」

「……ふーん。まあ、初心者なら、色鉛筆や水彩が無難なんじゃ無いの?」

フィオナルドはそう言って、画材店のどこかからか、固形の透明水彩がセットになった、木箱を持って来た。
なかなか高級感のある画材セットだ。
僕は、フィオに勧められるままその水彩ボックスを購入した。

ベルルは喜んでくれるだろうか。







グラシスの館へ帰り、夕食の後、僕はベルルを呼んで寝室へと向かった。
部屋のソファに落ち着き、水彩絵の具のボックスをベルルに手渡す。

ベルルはソファに座ったまま、その箱を大きな瞳で見つめていた。

「これ、私が貰って良いの?」

「ああ……お前の為に……その、王宮で買って来たんだ」

「まあ、旦那様」

ベルルはその箱に施された装飾などをうっとり眺めた後、ゆっくり箱を開ける。

「わああ……っ」

木箱の中は段々になっていて、そこには色とりどりの固形の水彩絵の具が四角の窪みに埋め込まれている。
ふわりと、閉じ込められていた絵の具の匂いと木箱の匂いが漂ってくる。

「素敵素敵っ!! まるで宝石箱みたいよ!! 旦那様、これって絵の具でしょう?」

「あ、ああ……。良く分かったな」

「凄いわ旦那様!! 私、ここ最近、ずっと色をつけるものが欲しいって思っていたのよ!! 旦那様って、私の考えている事が分かるのね」

「………」

ただ、ベルルが喜ぶ事は何だうと考えていただけだ。
お互いの事を分かって来たと言う事だろうか。

「嬉しいわ嬉しいわっ!! 私、これから毎日この絵の具を使って絵を描くわ!!」

ベルルはどうにかして、僕にその喜びを伝えたいようだった。
絵の具のボックスをテーブルの上に置くと、そのまま隣の僕の腰に手を回し、僕をぎゅっと抱きしめた。

「な、なんだいベルル……」

「……旦那様って凄いわ。どうしていつも、私の嬉しい事ばかりしてくれるのかしら。魔法使いだから?」

「いや……そう言う訳じゃ無いだろうが」

「私も、旦那様の嬉しい事、いっぱいしてあげたいのにな。でも私、何も出来ないのよ……」

ベルルは僕を抱きしめ、顔を胸に埋めたまま、そう言った。
どこか切な気な声で、思わず抱きしめ返す。

「何を言っているんだベルル。お前は何も出来ないと言うが、僕から見たら、随分色々と出来る様になったと感じる。植物の名前も随分覚えた様だし、料理だって、毎日サフラナに教わっているんだろう? 絵だって描けるじゃないか」

僕は躊躇いがちに顔を上げるベルルを見つめ、彼女の目にかかる前髪を払った。

「僕は……君が喜んでくれれば、それで良いんだ」

「……旦那様」

僕は、きっとベルルの笑顔が見たいのだ。

僕自身ベルルの存在に癒され、助けられている。
彼女の居る家に帰りたいと思える事が、どれほど僕にとっての救いとなっているか。

「……なら、僕の望みを聞いてくれるか? 今度……写真館へ行かないか?」

そう言うと、彼女は少しぽかんとした。

「写真館……?」

「そうだ。僕らは夫婦になったのに、家族写真をまだ撮っていないだろう? ……僕は、君の写真が欲しい」

出来る事なら、仕事場のデスクの上に飾っていたい。

「家族……写真……?」

ベルルはいきなり、顔をポッと赤らめた。

「わ、私の写真……?」

「ああ……。何だ、恥ずかしいのか?」

「う、うん」

彼女は僕を離し、自分の頬を手で覆う。
何故か真っ赤になったベルルは、いつもよりいっそう可愛らしく見える。

「私……大丈夫かしら。見映えの良いものでも無いと思うのだけど……」

「君は……いつも思うが自覚が無いな」

ベルルはいまだに、自分はあまり美しく無いと思っている。
そりゃあ、好みは人それぞれだが、彼女より美しい女性がいるなら連れて来てくれとも思う。

「だっ……大丈夫だ。……着飾って、笑顔の写真を撮ろう」

ベルルはだんだんといつもの輝かしい笑顔になっていった。
その笑顔を、僕はいつも見る事ができればと思っている。