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相方さんと二人で彦根城へ行ってきました。



『 国宝 彦根城 』



実は 初めてだったのですが


夫婦して もうとっくに行った気でいましたf(^_^;


まだだったと気付いて行ってきました甁


彦根城、と言えば


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ひこにゃん・・・・・・


いやいや


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井伊直弼さんでしょビックリマーク


やっぱり彦根城=井伊のイメージです音符


赤揃
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内堀にかかる橋が
表門橋 大手門橋 黒門橋
とありましたが 私たちは大手門橋から入城しました。


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橋から見た内堀




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彦根城は 佐和山からこちらへお引っ越ししてきたの(^_^;)



天守閣から佐和山城跡は見えますが
佐和山にはもうお城は無いですからね。



最初に現れたのは

『天秤櫓』


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天秤櫓は、大手門と表門からの道が合流する要の位置に築かれた櫓です。

この櫓は、上から見ると「コ」の字形をしており、両側に二階建ての櫓を設けて中央に門が開く構造となっています。

あたかも両端に荷物を下げた天秤のようであり、江戸時代から天秤櫓の名があります。

けれども詳細に見ると両隅の二階櫓は棟の方向が異なっており、格子窓の数も左右で違うなど決して左右対称ではありません。

このような構造の櫓は他に例がありませんが、均整のとれた美しさに加え、城内の要の城門としての堅固さを感じさせます。

天秤櫓の下は、鐘の丸から天守へと伸びていた尾根を、築城時の縄張りによって大きく断ち切った箇所で「堀切(ほりきり)」と言います。

堀切には橋が架かっていますが、この橋がなければ天秤櫓の高い石垣を登らないと本丸へ浸入できません。

戦となれば、この櫓が果たす役割は重要でした。


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天秤櫓はおよそ400年の長い間に、幾度か修理を重ねてきました。

中でも嘉永7年(1854)の修理は大規模で、建物のみならず石垣まで積み替えています。

右の高石垣が、越前の石工たちが築いたと伝える築城当初の『牛蒡積み』
そして、左が幕末の嘉永年間に積み替えた切石の『落とし積み』です。


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(彦根城パンフレットより)



立派な櫓でしたビックリマーク


あちこちにいらっしゃる他の観光客の写り込みを気にしていたら
石垣の写真を撮るのを忘れました…f(^_^;



この解説も 櫓の中にあった『解説シート』を頂いてきて
一文字ずつポチポチ押しております(苦笑)


ガラケーの哀しさ(^_^;)



今回 親指が疲れたので この辺で…


続きは そのうち…f(^_^;