3連休は嫁が東京に一泊だったから、子供達と遊び尽くした。

キッズワールド、カラオケ、お風呂のプール、公園×2か所、行きたがっていたココイチにも行き、家で皆でDVDを見たりもした。

 

姉妹喧嘩もしたし、怒ったりもした。

でも、この3日間だけでも子供達と真剣に向き合っていたら「学び」とは何かについて考えさせられた。

 

学びとは、相手(他者)の考えを理解する(受け入れる)事だろう。

そしてそこで、「自分の本音」を掴まえる事。

 

そのプロセスが「学び」なんじゃないだろうか。

だから喧嘩をする時は、相手を受け入れられない感情が「自分の本音」を気づかせ、「自分の本音」の正当性を認めてもらいたいから相手を自分の理に従わせようとする事で起こっているんだ。

 

大事なのは、自分が自分の本音を抱きしめてあげる事。

誰かに認めてもらうための「本音」である必要はない。

自分の心が動く瞬間を、自分で抱きしめてあげる事。

そうやって「それぞれのカタチ」で大きくなあれ。

 

そのカタチはどんなカタチであれ、少なくても母と父にとっては最高の愛らしいカタチに違いない。

 

 

 

もうこの子たちが大人になる頃には、

「世間」とか「皆で一緒にいる事が安心」だとする概念は、捨てなければならない。

 

ビジネスにおいても大事な事は、「人の意識が流れる方向と、逆を見る」視点である。

そこに本質があるし、個人としても世間に合わせて生きていては個人の「本音」には届かない。

 

「本音」を持たない人は、恐らくロボットか何かに役割を取って代わられるんじゃないだろうか。