本日、上の子の先生方と面談した。

 

こちらから特に何もリクエストはなく、普段の学校生活の様子などを聞けた。

 

その上で湧き上がってきた感情は…

 

「感謝」である。

 

本当によくやってくれていると思うし、子供も良い時間を過ごせていると思う。

 

ありがとう、先生達よ。

 

 

その感謝の気持ちを持てた事の前提にあるのは、「学校教育に対する期待」なのだと思う。

つまり、俺はあまり学校教育に期待していない。

誤解しないでいただきたいのは、先生たちを馬鹿にしている訳でも見下している訳でもない。

学校で起こる問題の多くは、親の学校教育に対する過度な期待から生じているのだと思う。

学校教育に過度な期待をするから、親として向き合うべき事に向き合わなかったり、気づくべき事に気付けなかったり、子供の教育に対する覚悟がたるむのだと思う。

 

その意味で、俺は学校教育にはあまり期待していない。

その期待しない事で生じるコストは、自分が背負っていかなければならないと思っている。

自分に課す事の責任としっかり向き合うために、学校の教育に期待できる事なんてたかがしれていると腹をくくっている。

 

学校教育に期待しない事とは、結果として学校の教育に対する感謝が生まれ、自分が子供と向き合う責任を誤魔化さず、先生たちには不平不満ではなく感謝と協調の関係性が生まれる事なのだと思う。

 

期待は他人に寄せるものではない。

他人に期待した瞬間、それは甘えになる。

 

期待は自分自身に寄せるものだ。