私は、専業主婦の時期が何年もありました。
補助的な役割の仕事は多少ありましたが、子供が小さい頃には
一日一日を「過ごす」ことだけで、一杯一杯。
この生活が子供の成長とともに変化していくことは漠然と想像しましたが、
特に、一人目の子供については、すべてが初めてなため、
何年たてば、こうなって、ああなって、だから→こうしておこう、ああしておこう、
などとは、とても考えられません。 必死の毎日です。
二人目の子が生まれ、共に退院して家に戻った時には、
「経験」とは、こんなにも人に「余裕」を与えるものなのかと、自分自身にびっくりしたのを覚えています。
泣かれて慌てる私も、消毒やミルクの計量に殺気だっている私もいませんでした。
(話は一瞬逸れますが、母親としての自分に自信の持てない方には、あえて「二人目」を産んでみたら、
と、思う時があります・・・自分が思っていたより、自分は案外立派にお母さんになっているのかも!)
そんな少しの余裕が自分に出てきた頃、中野区報に載っていた「女性の再就職講座」という案内が目に留まりました。
2か月間・4回位の講座だったと思います。 ライター養成講座などの学校をやっている年配の女性が講師。
そして、「先輩主婦の体験談」や自分を知るためのエニアグラムという自己診断テスト・その個人診断解説がついています。保育付き無料です。 充実した講座でした。
印象に残っていることは3つ。
①いきなり宿題をだされる
「次回までに、新聞折り込み等の求人広告を見て、数件電話をして募集内容について聞いてくる。
特に、自分には駄目だと思う条件のものを。」
→これは、初めの一歩の勇気づけです。
家と公園、子供と3チャンネル、よその子と自分の子・・・ということに時間のほとんどを遣っているときに
ゆったりと幸せを感じる一方、ふっと もう自分は社会とは繋がらないところにいるんだ・・・と消極的になったり、
もうできる仕事はないかも・・・と不安になったりするものです。
さて、・・・2回目の講座・・・
生き生きと 「可能性」 と顔に張ってある生徒の方々に再会しました。
②チャンスの神様の前髪をつかめ
「チャンスの神様には前髪しかない、通りすぎてしまってから慌てて振り向いても、なんにもつかめないよ。」
→「言い訳ばかりしてる間に、逃すんじゃないよ」
すごく怖い講師が、ドスをきかせて言っていたので、私にとってチャンスの神様とは、ドクロみたいなこわーくて、くろーい イメージになりましたが、 「おっかないから、掴み損ねないように掴まないといけない」ということも植え付けられました。
(チャンスの神様は有名だそうです、が私はこの時初めて聞いた話です。)
③先輩主婦は懸賞と料理が好きなただの主婦だった
ケータリング業で独立し、成功している主婦の方でした。
女社長、なんてハデハデしい方ではなく普通のお母さん。
小さい頃から料理が好きで、専業主婦で時間があった時、料理の懸賞に応募しまくった!! そうです。
そこで、いろいろな賞を取り、「やっぱり料理って楽しい」と再確認。
懸賞からの人との出会いもあり、料理に関わる仕事をすることになり、今に至る・・・という話でした。
おっかない講師が、その料理にとても興味を持って、
「講座が終わったら、個人的に話を聞かせて!」「何か一緒にやりたいわねえ」と言っているのを耳にし、
"好きが仕事につながっただけですごいのに、仕事がまた仕事を呼ぶんだ・・・” と
別世界のことに思えました。でも、なんて素敵なんだろう
とも。
そして、こうして触れた話、出会った方々を通して微かに「可能性」実感し、
安心して、階下の保育室に戻りました。
講座を終えたお母さんと子供でごったがえす保育室で、
満々の笑みで、よだれを垂らしながら、赤ん坊の我が子が腕を伸ばしてきました。
愛しいなと思いました・・・
ですから、社労士になったのは、再就職講座から何年か経ってからです。
あの講師に報告できるような <チャンスの神様の前髪を確実に掴んだ>ことは、まだあまりありませんが、
子育ての中、あの講座にあの時期に足を運んだことは、 もしかしたら・・・・かもしれません。
今は、国を挙げて「ワークライフバランス」
育児休業・パパも育休・復職支援など、制度も充実しています。素晴らしいことです。
常にバランスを保つのも大事ですが、自分のちょっと昔を思い起こすと、
どちらかに思いっきり傾いても、また反対側にもいける「可能性」を感じられる、
という社会やそうである自分が理想だなあ・・・と思います。