「大っ嫌い!!」
叫び声が岸ノ巻中に響いた。
「喧嘩したって、本当?」
ここは、岸ノ荘 露樹梓の部屋。
その部屋の隅で、綾瀬たつきはひたすら沈み込んでいた。
そんなたつきを見ながら、露樹梓は大きくため息をついた。
「なんで結衣といいアンタといい、彼氏と何かあると私のところにくるかな……」
「だって……あず姉経験豊富そうだし……」
「私は隼人一筋だって、アンタ半年前に聞いたでしょ」
ジト目でのろけてくる辺り、さすがあず姉だなと思う。
「で、なんで喧嘩しちゃったわけ?」
「うん……」
たつきは暗い声で事情を話す。
まわりくどっかたけど、要するに――
「待ち時間に30分も遅れて来たから、それで口論になった……と」
「うん……」
「さっさと謝ってこいよ」
あず姉がバッサリと切り捨てる。
「ちょっと待って酷いよあず姉!!」
「わああちょっと待てズボン引っ張るな破れる!!」
瞬間、ちょっとした乱闘になる。
「だってついさっき喧嘩したばかりなんだよ!!そんなすぐに謝りに行ったらまるで私が軽い女みたいじゃん!!」
「そんなことで喧嘩するアンタが悪い」
「そんなバッサリしなくても!!」
「それに、アンタは早めに謝らないとヤバいんじゃない?」
うっと、たつきが口ごもる。
そうだ
今年の2月14日、たつき達の1周年を迎える。
そして、今日は2月13日。
あと、数時間しかない。
それに……
「……もう無理だよ」
ボソッと呟く。
彼氏は、2歳上の大学生。
同時に、たつきの父が経営する和風レストラン・燕ノ巣の常連でもあった。
通うには少しばかり値が張る燕ノ巣に何回も食べに来ている彼に、次第に惹かれていった。
高校に入って、初めて彼の年齢を知った。
卒業直前のバレンタインに、チョコと一緒に気持ちを伝えた。
「大好きです」と。
彼は、その場で頷いてくれた。
それから、私達は付き合い始めた。
お父さんに知られたら、何が起きるか分からないため、彼が燕ノ巣に来たときは頑張って平静を装った。
その彼が、来年から岸ノ巻を離れる。
彼がかねてより希望していた海外のホームステイ先が、先週ようやく決まったのだ。
出国は3月に入ってからだが、諸々の準備が田舎でもある岸ノ巻では難しいため、早いうちに都会に住んでいる従兄弟の家に移るのだという。
それが、2月14日。
奇しくも、記念日と全く一緒だった。
出発してしまったら、何ヶ月もの間会うことができない。
だからこそ、前日である今日に最後のデートをする予定だったのだ。
それを、たつきが台無しにした……。
自分でも、最低な人間だと思う。
このまま関係が戻らなかったら……
このまま終わってしまったら……
そう考えるだけで、涙が溢れてくる。
泣きじゃくるたつきを、あず姉が優しく撫でてくれた。
少し泣くと、落ち着いてきた。
それでも、あず姉は撫でる手を止めなかった。
たつきも、されるままになっていた。
「変えるなら、未来しかない」
あず姉がふと呟いた。
「え?」
驚いて顔を上げると、苦笑するあず姉の顔が見えた。
「って、隣の部屋のアイツなら言うんじゃないかってね」
そう言われて、たつきもその人物を思い出す。
半年前に岸ノ巻に引っ越した青年。
親友と付き合っている青年。
その2人は、確か――
「そうか……」
あず姉がウインクしてくる。
それを見て、つい笑ってしまう。
(ヒントが遠回しすぎるよ、あず姉)
涙を拭って、立ち上がる。
マフラーを巻いて支度を済ませ、あず姉に言う。
「ありがとう、あず姉」
「うんにゃ、何のことやら」
あず姉はチューハイを片手に、ワハハと笑っている。
たつきはバイバイと手を振ると、家までの帰路を急いだ。
岸ノ荘から燕ノ巣までは自転車でも結構かかる。
その距離を、たつきは必死に走ってきた。
2月だけあって、外は凍えるほどに寒いが、たつきは一切感じなかった。
「はあ……はあ……」
周囲から「あれー?たつきちゃんどうしたの?」っていう常連さんの挨拶を無視し、一目散に厨房へ。
「工藤くん、いるっ!?」
息を切らして入ってきたたつきを、コックたちが驚いて振り返る。
普段なら「このバカやろう!!厨房に入ってくんな!!」って、父の怒号が飛ぶところだが、今は自宅スペースで療養中だ。
おかげで、たつきは何も怖がる必要なく、厨房に駆け込むことができる。
そして、そのコックの中に――
「……綾瀬?」
工藤柊作
たつきが求めてる人がちゃんといた。
「ごめん、ちょっと借ります!」
「えっちょ!?」
幸い包丁を持っていなかった柊作の手を掴むと、再び全速力で駆けだした。
来たのは、家のキッチン。
母は今、店に出て、父はおそらく昼寝だろう。
聞くなら今しかない。
「工藤くん」
「……なに?」
たつきは今までにない位勢いよく頭を下げた。
「おいしいチョコの作り方、教えてください!!」
「…………はい?」
「もうすぐ……」
寒空の下で、たつきは呟いた。
立っているのは、岸ノ巻駅の前。
半年前、柊作とたつきの親友が出逢った場所でもある。
もうすぐ、彼がここにやってくる。
たつきの右手には手提げ袋。
中には、溢れるばかりの想いが詰まっている。
目を閉じて、伝えてい言葉を思い浮かべる。
(ごめんなさい。……そして)
遠くから、足音が聞こえた。
しかも、ゆっくりと近づいてきている。
きっと、目を開けば、視界に彼の姿が入るだろう。
だけど、たつきは目を開けない。
ギリギリまで、伝えたい言葉に気持ちを集中させる。
そして、ちゃんと目を見て伝えるんだ。
2月14日だからこそ、伝えられる言葉を。
「大好きだよ」って。
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