「……そして、長濱ねるとパフォーマンスが出来るのもこれで最後です。最高の時間にしましょう。……じゃあ、気合い入れてくよ!」

キャプテン、菅井友香の底抜けに明るい声にシャンと私の背中が伸びる。

「「謙虚、優しさ、絆。キラキラ輝け、欅坂46。はい!」」

ふぅ。

大きく1つ、深呼吸をした。

ぐるりと辺りを見回す。

本番前にも関わらずイチャつく尾関と理佐に、未だに慣れないのかガチガチに表情が堅い莉菜。

そしてキラキラと輝く目で私たちを見守ってくれている二期生の皆。

いつもとなんら変わりない光景なのに。

「これで、本当に最後なんや。」

隣でそう小さく呟くねるの声が私の耳に届いた。

私にとって、ねるは太陽の様な存在だった。

ねると過ごした四年間。彼女と過ごした思い出の数々で頭の中が満たされていく。

朝、ねると二人きりの河川敷でランニングやダンス練習をしたこと。

ねるが私のスマホに勝手に作った洋楽プレイリスト。 

何かある度ご飯に行って、お互いの近況を話すあのたわいのない出来事までが眩しく煌々と輝いていた時間だった。

「忘れたくない忘れたくない忘れたくない…」

現実を受け入れることを拒否するかの様に、頭がガンガンと割れるように締め付けられる。

どんどんと涙が溢れて視界が曇り、息を吸うことが難しくなって気管がヒューヒューと嫌な音を立て始めた。

立つことすらままならなくなった私はその場にへたりと座り込んだ。

「平手?!」

半分叫ぶ様な声がどこからか聞こえてくる。

心配をかける訳にはいかない、直ぐにでも立ち上がりたいのだが手足の震えが段々と酷くなる。

流れ出る涙を止めることが出来ない。

「うぅ、」

必死に涙を震える手で拭っていたその時、ふと誰かによって優しく抱きしめられる。

「てっちゃん」

優しくて温かい声がする。

間違いなく、彼女だ。

どんな時でも優しくて、可愛くて、いつも一生懸命に話を聞いてくれる、聡明な彼女。

「てっちゃん、今まで有難うね。」

そう言って彼女はふにゃりと笑った。

「なんでっ、」

卒業なんかしないでよ。もっと私の側にいて欲しかったよ。

なんて、最後の覚悟を決めた彼女の顔を見たらそんなこと言えるはずなんて無かった。

「最後じゃないから」

私の頭を優しく撫でながら彼女はゆっくりと語る様に口を開いた。

どういうことだろうか、と顔を上げると彼女の少しだけ潤んだ瞳と私のぐちゃぐちゃに濡れた瞳がぶつかった。

「最後じゃないから。私、てっちゃんともっと話したかし、行きたか所もようけあるけん」

「欅におった3年間、私が救われたのは間違いなくてっちゃんの存在やし、この先もずっと支えていきたい」

気管の通りがスッと軽くなる。

“ これが最後じゃない。”

私が今、一番聞きたかった言葉だった。

「ずっ、と?」

「うん、ずぅーっと。おばあちゃんになってもね」

そう言って彼女は再び私のことをぎゅうと抱きしめた。

懐かしくて安心するような、甘い香りがした。

「ふふ、」

「よし、頑張ろう」

「うん。」

「立てる?」

彼女が私に手を差し伸べた。

「有難う」

私はその手を取って立ち上がる。

彼女の、信頼と慈愛に満ちた表情に再びシャンと自らの背筋が伸びるのを感じた。

「こちらこそだよ、友梨奈」

ポン、と優しく背中を押された。


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「次の曲で最後です。それでは聞いてください。サイレントマジョリティー 」

イントロが聴こえてくる。

私たちはこれからもただ真っ直ぐに、前だけをみて、未来に進み続けるのだ。