(注)てちみずコンビですーー、そしてバリバリ恋愛ifですーー。苦手だ!と感じたらUターンお願いしますおばけくん






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コン、コン、コン……

先程から部屋中に響き渡る耳障りな音。

それが自分が机に指を打ちつける音だと気がついて、我慢するようにギュウと拳を握った。

時刻はとっくに零時を回っている。

現役高校生にしては少し働きすぎではないだろうか。

彼女宛に送ったスマホのメッセージを確認する。

〔今日は友梨奈の部屋で待ってるよ〕

昼に送ったメッセージは未だに未読のままだった。

しかしもう日を跨いでしまっているのだ。

流石にもうすぐ帰って来るだろう。

多めに作っておいた野菜スープだけでも温めておこうか、と腰を上げたのと同時に、ガチャリと音を立てて玄関のドアが開いた。

「疲れたあーー。」

パタパタと靴下で廊下を歩く音がする。

彼女が帰ってきたようだ。

「友梨奈お帰り」

絶賛野菜スープ煮込み中の為、キッチンからひょいと顔を覗かせた。

「え?涼太郎なんでいるの」

彼女は未だに自分のことを役名で呼ぶ。

何故だかよく分からないが、一度本名で呼んでくれないのかと問い質した時の彼女の照れたように慌てる姿は本当に愛おしかった。

「いや、最近まともに寝られてない位忙しいってマネージャーに聞いて…自分合鍵持ってるし様子見て来ますよって…昼LINEもしたんだけど、」

「ふぅん」

相変わらずの薄いリアクション。

冷めてる割には甘えたがりの彼女の事だから、久し振りに会えば抱きついてくる位のボディタッチはあるだろうと少し期待していたのだが。

彼女は気怠げに上着をソファーの上に脱ぎ捨てるとフラリとそのまま廊下へと向かった。

「ちょ、ふぅんってどこ行くの」

「お風呂だよ、眠くて目が閉じちゃいそう。すぐ上がるからそこら辺適当に座ってて」

「お、おぅ」

眠気の為だろうか、久し振りに会った彼女の言動が前よりもいくらかサバサバしているように感じる。

普段からよく観察しているからか、少しの変化にも気づいてしまう自分に少しだけ気恥ずかしくなってしまった。




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野菜をコトコトと煮込むにつれて部屋中に野菜特有の甘い香りがフワリと広がっていく。

思っていた以上に味の染み込んだスープに仕上がったようで、無意識に笑みが溢れる。


「あぁ眠いー」

彼女の間延びした眠たげな声に顔を上げる。

「んお、もう上がったのか」

「うん」

ショーパンにTシャツの彼女は、首にバスタオルをかけ両手で目をゴシゴシと擦りながらリビングへとやって来た。

「あ、」

ぽたぽたと雫を垂らす黒髪ショートと大きめのTシャツから覗く真っ白な肌に、火照った桃色の頬。

彼女を女だと意識するには十分すぎる程だった。

「ん?どしたの」

「ん、いや、何にも。ほらここ座って」

少しドギマギしながらもそれを誤魔化すように彼女を自分の前へと座らせる。

わしゃわしゃと彼女の濡れた髪をタオルで挟むようにして乾かしていく。

余程眠いのか、いつもは何かと抵抗して来る彼女も今日はやけに大人しい。

コクリ、コクリと船をこぐ彼女に少々弱り気味なのかと心配になる。

「……」

彼女の髪を乾かす手を止めてみる。

「んー、」

まじか。

彼女は自分の方にそのまま倒れこむようにして気持ち良さそうに寝息をたてている。

その目はしっかりと閉じられていて、相当疲れているようだった。

どう、したらいいのか分からない。

彼女は風呂上がりなのだ、少なくともこのままでは風邪を引いてしまうだろう。

「ねえ友梨奈」

優しく、優しく、ゆさゆさと彼女を揺さぶる。

まだ浅い眠りだったようだ。

薄く開いた目のまま暫くボーッと微睡んだ後、一気に目覚めたように口元に手の甲を押し当てた。

その姿はなんだか小さな子のようで、自分の心臓の鼓動が幾分か早く聞こえる。

「んあ、ごめん寝てた。何?」

「あー、野菜スープあるけど飲む?」

「飲む!」

直前まで寝惚けていたにも関わらず、食べ物のことになると即答するのはなんだかとても彼女らしいなと一人微笑んだ。



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「はい」

湯気の出た優しい香りのするスープをコトン、と彼女の前に置いた。

「美味しい」

目をショボつかせながらも、幸せそうにスプーンでスープを掬う彼女を正面に座り頬杖をついて眺める。

自分にとってはこのひとときがとんでもないくらい幸せだ。

一通りスープを飲み終わったようだ。

彼女はカバンからごそごそとよく使い込まれたプリントの束を取り出しラインマーカーを引き始めた。

時計に目を移すと一時を回っている。

これから寝ても十分な睡眠は望めないような時間帯にさしかかっていた。

「友梨奈」

「何?」

「もう寝よう」

「いや、まだ寝れない。明日もMV撮影あるから歌詞読んでおかないと」

「友梨奈」

「涼太郎は寝てていーよ」

「む」

彼女に何を言っても通じないのは出会った当初から薄々感じてはいたけれど、日に日に頑固になっているのは気のせいだろうか。

「明日何時起き?」

「私?6時だけど」

「俺明日5時半起きなんだわ。朝からロケあんの」

「へぇ。じゃあ早く寝なよ、明日寝坊しちゃうよ?」

そう言い放った後、彼女は再び視線を台本に戻した。

「うん、そうだね。でも俺友梨奈が隣にいないと寝れないかも」

「はあ?」

彼女の扱いなら誰よりも自分が上手い気がする。

気がする、だけで実際は彼女が属しているグループのメンバーの方が一枚、二枚くらいうわてのような気もするが。

「わぁ」

目を丸くしてジタバタとする彼女を抱えて寝室へと連れていき、そっとベッドに横たえた。

「よし、寝ようか」

そう言って自分も彼女のベッドに入り、ベッドサイドのランプを消した。

「寝ようか、って涼太郎もここで寝るの?」

「当たり前じゃん。どこで寝ろっていうの?」

「廊下」

「はあ?俺客人なんだけど。本当ならベッド丸ごと貸して欲しいんだけど。」

彼女のニヤリと笑う愛おしい姿を横目に軽く睨み返す。

「ねえ、瑞生」

ふふん、と満足そうに鼻を鳴らす彼女が柔らかな目で俺を見る。

心の中、お前は猫かと突っ込み一人ツボに入っていたのだが、

「ん?」

唇に微かな感触。

「……ん?!今、なに、?」

「おやすみっ」

ぐるりと毛布に包まり向こう側を向く彼女。

一体何が起きたのか、理解するには少々の時間を要した。

「いやっ、おい寒い、じゃなくて、起きろ友梨奈!今の何、」

クスクスと小刻みに肩を揺らすのが後ろ姿でも見て取れる。

きっととても可愛らしい顔をしているんだろう。

後ろ姿から伝わる楽しそうに笑う様子が、とても愛おしい。

お返しに、と彼女の柔らかな髪をそっと撫でる。

「おやすみ」

「うん、おやすみ」

そう温かなで優しげな返事が返ってきた。

今日はなんだか小さな子をあやしていた気分だった。

最後のアレで一気に眠気が吹っ飛んでしまい目が冴えわたっている。

何度か寝返りをうっても眠気が来ることはなかった。

そっと自らの唇に触れる。

いつからあんなに大胆になったんだ。

思考をぐるぐると巡らせているとふと、規則正しい寝息が聞こえてきた。

「なんで、あんな事しといてすぐ眠れるんだよ…」

少々呆れ気味に彼女の小さな頭を撫でた。

本当に、彼女はズルいほど人の心の隙間入り込む。

そしていつしか心自体を奪われるのだろう。

乱れた毛布を自分と彼女、両方に掛かるようにそっと掛けなおした。