「よいしょ、」

あの後ぐったりと倒れ込んだてちをおぶって、寮へと続く道を歩いてきた私はそっと彼女を自室のベッドに寝かせた。

レッスン着だということもあって着替えは必要なさそうだ。

虹花に連絡を入れて午後のレッスンは私も休むことにした。

「はぁっ、はぁ、」

段々と紅潮していく彼女の頬。

心配になった私は彼女の前髪を払ってそっと冷えピタを貼った。

少しだけ緩んだ表情に安心したのも、ほんの束の間だった。

突然身体を丸めてゴホゴホと激しい咳を繰り返したのだ。

「どこか痛い?」

背中を摩る私にふるふると首を横に振るが、その表情は我慢しているようにも見えて物凄く辛そうだった。

現に必死に痛みを飲み込むように拳を力強く握り締めている。

「ごめんね、私が引き止めたから」

「…違、う」

「ん?」

 「違う、の、」

必死に否定する彼女はどんどんと火照っていく顔を精一杯左右に振って言った。

「ねぇ」

縋るような目の彼女と目が合った。

てちは最近名前を呼ぶどころか目すら合わせてくれなかった。

そんな目で見られたら、これ以上私の気持ちが引き返せなくなるような気がした。

「あ…っと…、私水持ってくるから待っててね」

私はそっと彼女の頬を撫でて逃げるように立ち上がった。


「理佐ぁ」


「…え?」

背後から彼女の弱々しい声で名前を呼ばれた瞬間、何故だか涙が溢れた。

「てち?」

「ありがとうね、理佐」

「私、必要とされてないのかと…」

そんな私を、彼女は発熱の所為でしっとりと濡れた瞳でしっかりと見つめる。

「こちらこそ」

嬉しくて、流れ出る涙を誤魔化すように彼女の眠るベッドに顔を埋めた。

「…好きなの、本当に」

「…へ?」


驚いて顔を上げるとその瞳は閉じられていた。

はあはあと呼吸を繰り返すことで精一杯だった彼女は、力尽きたかのように握りしめていた拳をだらりとベッド脇に投げ出した。

「私もだよ」

我慢出来ず、私は彼女と同じベッドに入り覆いかぶさるようにして強く抱きしめた。

彼女の熱と荒く苦しそうな呼吸が体越しに伝わってくる。

「あ。」

ぎゅう、と弱々しい力だったが彼女から抱きしめ返されるの感じた。

もしかしたら、明日には私が彼女の痛みを貰うことになるかもしれない。

しかし今は彼女が名前を呼んでくれたということで頭がいっぱいだった。

起きたらまずお粥を作ってあげよう。

「友梨奈、おやすみ」

私は頬が緩むのをそのままに目を閉じた。