長い夢を見ていた。

温かな風が身体の横を通り抜けるのを感じて瞳を開くと、眼前には欅並木が広がっていた。

一面に広がる緑、緑、緑。

何故だか、とても懐かしい気持ちになった。


パッと視界がブラックアウトする。


最初に私の耳に届いたのは少女たちの悲鳴。

戸惑い、驚き、恐怖。

私の存在は完全にアウェイではないか。

薄々予想はしていたが、それ以上に感じる負の空気に後ずさりしたくなる。

だが、それでも私は一歩踏み出した。

この子たちとぶつかり合うことで、私一人では見ることのできなかった景色をも眺望することができる。そう確信したから。


ふわり。

次に感じたのは左肩に優しい感触。

「ねる、」

「ねる!」

私を呼ぶ柔らかな声。

「私と練習しよ?」

そう彼女に話しかけられ、毎朝河川敷で踊った。

桜が咲いていて、そこからの眺めがとても良かったのを覚えている。

その時に撮った写真はきっと一生の宝物になるのだろう。

彼女のおかげで、毎日見える景色が違った。



がたん、ごとん…


電車の穏やかなリズムとともに揺れる私たち。

彼女とご飯に行った。

私の目に映る美味しそうにご飯を頬張る彼女は、いつもより何倍も幼く見えた。

ふと隣を見ると、彼女はゆらゆらと不安定に頭を揺らして眠っていた。

そっと肩を彼女に寄せる。

しばらくすると、肩に微かな重みとすぅすぅと穏やかな寝息が聞こえてきた。

守ってあげなきゃ…


そんな感情になったのはこの日が初めてだった。




「ケータイ貸して」

「あ、ちょっと」

他のメンバーに甘える彼女にまたまた初めての気持ちを味わった私は、彼女のケータイに私と彼女を繋ぐアイテムを残した。

「ねるねるスペシャル。イヤホン半分こしようね」

「ああ」

若干薄い反応に戸惑ったが、なんだかんだ彼女の方からイヤホンを手渡してくれることの方が多くてその度に頬が緩むのを必死に隠した。



「微笑みが悲しいまたやろうねぇ」


そう言うと優しく微笑む彼女。

いつもの屈託ない笑顔に、見えてる景色がぱぁっと明るくなった。

いつだって、私の心のキャンパスに彩りをくれたのはあの子だったのかもしれない。

思い出されるのはあの子の笑顔と、力強い眼差しばかり。

ちゃんと泣いたり、弱音を吐いたり出来ていたのだろうか。

「支えられて、あげられたかな」

振り返ると過去の思い出たちが、きらきらと輝いていた。


ゆっくりと瞬きをすると、最初の欅並木に戻ってきていた。

「…戻らなきゃ」

「ありがとうございました。」

深く、お辞儀をした。

私に、素敵な夢を見させてくれてありがとう。



_


「__っ、」


「なんで泣いとるんやろう」

次々と溢れ出る涙を拭うが、その理由は分からなかった。

スヤスヤと穏やかな寝息が聞こえ、隣を見ると気持ち良さそうに幼馴染が眠っていた。

「友梨奈」

ゆさゆさと揺さぶるが、中々起きない。

人のベッドで幸せそうに眠る彼女に意地悪したくなって、むぎゅうと彼女の小さな鼻を指でつまんだ。

「__あ、」

ツー、と涙が彼女の頬に一筋の線を作る。

びっくりして私は慌てて彼女の鼻から手を離した。

「お、はよ。ごめん痛かった?」

「…ううん。」

「じゃあ何で泣いとるの?」

「いや、分かんない」

ぱちぱちと、数回瞬きを繰り返した後、彼女はジッと私の顔を見つめた。

「いつまでん赤ちゃんみたいだね」

指の先で彼女の涙を拭おうとして手を伸ばすと、彼女の両手によってぎゅうと包み込まれた。

「この日常が無くなっちゃう気がして、」

唐突にそう呟く彼女に、私は目を丸くした。

私が今さっき感じていた感情にとてつもなく近かったからだ。

私に縋るような目で助けを求める彼女。

私は小さくふぅ、と息を吐いた。

「一瞬の光が重なって、折々の色が四季を作る。そのどれが欠けたって、永遠は生まれない。」

「なに、それ」

「奇跡なんばい。ねると友梨奈が出会うたんも。日常はどこまでも不安定で、奇跡の連続なの」

「…いいね、その考え方」

「ありがとうっ!」

少しだけ穏やかになった彼女の表情に安心して、ぎゅうと抱きついた。

「ちょ、重い重い」

グイ、と身体ごとベッドの端に追いやられた。

彼女はツンデレの扱いがとても難しい。

まあ、そこがまたたまらないのだが。

「てかなんで同じベッドで寝とっと?ねるさんが恋しくなったと?」

「はあ?…おつかい頼まれたからねる連れて行こうと思って。」

「なんでねるまで」

「だって今日うちで夕飯食べていくでしょ?ねるの大学の卒業祝い。」

「あ、そやったね」

「うちの親張り切ってたよ。だから早くおつかい行かないと、私が、怒られる…」

そう言いつつも彼女の瞳は既に半分閉じかけている。

全く、どこまでマイペースなんだろうか。

「ほら起きて。一緒に行こ」

そっと彼女の柔らかな髪を撫でる。

「うん。」

目をこすり、まだ眠そうな彼女の背中を押し歩いて部屋のドアノブに手をかける。

ふわり。

懐かしい香りがして私は思わず振り返った。

「ねるどうしたの?」

「ううん。なんでもない」

振り向いた先にあるのは窓から見えるからりとした空と、どこまでも続く欅並木。

見慣れた光景だけど、なんだかとても感慨深く感じた。

「ねる?」

「ん?」

「卒業おめでとう」

彼女の柔らかな声が、春の穏やかな風に乗って私の耳に届いた。