Chromatica!~小さな声のための音楽~ -2ページ目

Chromatica!~小さな声のための音楽~

鍵盤楽器ユニットChromatica!(クロマティカ!)のメンバーによる、 こっそり・しっかり・ほっこり日記。 クロマティカ!の活動報告・アクセス方法もこちらで。

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先日のクロマティカ!不定期公演へのご参加・ご支援ありがとうございました!

当日は狭い会場ながら満席で、沢山の方々に見守られながらの演奏会でした。

5人の演奏者がいたことで、とっても華やいだ雰囲気且つ、今までにはないバラエティ豊かな音楽をお届けできたんじゃないかなと思います。
本当に、このメンバーで演奏できて良かった!!
安心して楽しく本番を迎えられました。
(私はソロの途中でバチをへし折るとゆーアクシデントに見舞われましたが・・・。パフォーマンス的には美味しかったかも知れんが、もう作られてないバチだったのよね。しょっく・・・。)


用意していたCDも完売し(あー、もっと持って行くんだった!!)、募金箱にも1万円以上の お心遣いを頂きました。

最終的に6万341円をお預かりして、そこから必要経費を引いた3万3千円をカトリック東京国際センター(C-TIC)へと寄付することができました。(端数はクロマティカ!基金からのカンパをいたしました) 2_large

来て下さった皆さん、当日参加はかなわなかったけど応援して下さった皆さん、会場のお仕事を手伝ってくれたみんな(マリンバの解体を手伝ってくれたみんなも!)、そして出演してくださったみんな!
本当にありがとうございました!!!
今まで開催した中でも一番ストレスの少ない、安定した演奏会でした。
これからもよろしくお願いいたします。




さて、後日談。
C-TICから、領収書とお礼の手紙、被災地での外国人のレポートのプリントが送られてきました。お気遣いありがとうございます。
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この領収書、送金者欄には私の名前しか書いておらず、通信欄に「関西でクロマティカ!というユニットで活動してます」的なことをかいただけなのに、ちゃんと宛名をクロマティカ!にしてくださったことに感動しました。(そこかよ!)
しかも最後の“!”もつけてくださって・・・。よく忘れられるんです。[E:coldsweats01]





~ [E:notes] ~ [E:notes] ~ [E:notes] ~ [E:notes] ~ [E:notes] ~ [E:notes] ~ [E:notes] ~ [E:notes] ~ [E:notes] ~

さてさて、6月11日は震災からちょうど3ヶ月。
日本各地で150以上の反原発のデモや集会が行なわれました。



私は神戸・三宮のイベントに参加しました。



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場所は東遊園の広場。
神戸市役所と関西電力神戸支社のビルに挟まれた、最高の場所(笑)です。

参加したのは500人程度だったのですが、(大阪の御堂筋のデモは1万人を越えたそう![E:happy02])老若男女、活動家っぽい人からそうでもない人、オシャレな人、ジミな人、楽器を持った人、プラカードを持った人など色んな人がいて、とっても面白かったです。
きっと、思想や置かれている状況など、考え方や立場も色んなひとがいたはず。
でも、バラバラなひとたちが、ひとつの目的にむかって力を合わせること、声を上げることに臆しないようになってきたんだなぁと思いました。
(実際は、今の日本の状況がひどすぎて声を上げざるを得ないという方が近いかもしれませんが[E:think])

今日のパレードの多様性から、ようやく日本でも色んな人が、当事者意識をもって社会問題に取り組むことをし始めたんだと感じました。


もっともっと、メディアは自らの役割を果たして、この動きを大きなものにしていってほしいです。

5月21日(土)に行いました、クロマティカ!第2回不定期公演、無事(?)終了致しました[E:sun]



場所は岸和田 自泉会館☆ということで、お近くの方も遠方からもたくさんの方がいらしてくださったこと感謝いたします。ありがとうございました。(↓リハ風景)



201105211058000ホルン・声楽・パーカッション・マリンバ・ピアノとなかなか多様な演奏メンバーで音楽をお届けできたと思います♪



前半はそれぞれ得意分野(?)の曲目を。後半は主に武満徹のフォークソングを演奏しました。他にも剣の舞や、典礼聖歌のシャロームなどなども。プログラムラストに演奏した「満月の夕」は阪神・淡路大震災のときにつくられた歌。色んな方がカバーして歌われていますが、今回の私たちの演奏にはホルンが入っていて、それが何故かとてもしっくりきていました。



今回の収益&募金はカトリック東京国際センターへ寄付します。



というわけで、マイちゃん!!コンサートについて追加報告よろしくお願いします・・・(* ̄ー ̄*)



♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:。。・゜



さて☆話は変わりますが、翌日5月22日(日)には大阪市大正区に行きました!!教会関係で、夏に沖縄に体験学習に行こう[E:clover]というのがあるんですが、その関係で。



大正区フィールドワーク[E:chick]...



明治維新後、琉球王国が日本になって以降、大阪と沖縄の流通ができ、大正区には沖縄の方々がたくさん住むようになられたそうです。



まず大正めぐみ教会というところにおじゃましたのですが、手料理をいだきました[E:heart01]



201105221225000沖縄そば。美味しいです!



201105221250000 よもぎの天ぷら。島らっきょうの天ぷら。美味しいです!



201105221220000 らっきょうそのまま。美味しいです!



他にもゴーヤチャンプルやサーターアンダーギーなどなど。どれも美味しくて・・・



美味しいご飯をいただいた後は、ビデオを見せていただいたり。フィールドワークしたり。



日本と琉球の関わりの歴史も、まだよく知りませんが、悲しい。。。



(そういえば昔、大河ドラマの「琉球の風」が大好きだった!!東北舞台の「炎立つ」とセットで、異色の大河っだったのでは・・・?)



「なぜ、空手が沖縄でさかんになったと思いますか?」という牧師さんの質問・・・答えは「ヤマトに刀狩りされたから」だった。。だからエイサーの中にも空手の型が入っているのだと。



そんな中で、大正区というのは川に囲われた湿地帯・・・



水門よりもまだ更に海側に暮らす人たち。。。



1970年の万博に向けた工事で、犠牲になった人たちのこと。華やかな発展とともにある、つらい歴史を少し、知ることができました。



この前の甲陽園地下壕では、朝鮮の人たちが働かされていましたが、とにかく日本の発展の陰にある歴史・人たちのこともっと知っていけるといいですね。(知ると、現状のおかしさにも気づける!)



きっとそれが本当の歴史だ、と思います。



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月一、閉まるという水門。道頓堀など、大阪の街を護るためにある。工事で犠牲になった人たちの碑が近くにひっそりとある。。



「ここに暮らす人たち、ステキです!」という牧師さんの言葉がとっても印象的でした☆





さて、いよいよ来週末に迫りました

クロマティカ!不定期公演@岸和田・自泉会館
5月21日(土) 14:00~


みな様、万障繰り合わせてお越し下さいね!
出演者一同、心の限りを尽くして演奏いたします[E:notes]




さて、GWも終わりの頃、先週の土曜日に、あきちゃんをはじめ、
憲法9条勉強会のメンバーで西宮・甲陽園の地下壕跡地のフィールドワーク
をしてきました。



参考HP
http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2007/06/0706j0903-00003.htm



http://harihan.web6.jp/chikago6gou.htm


この地下壕は、第二次世界大戦末期に、戦闘機を作るための地下工場として、数百人もの強制連行された朝鮮人によって作られた場所です。
もちろん、命を落とした人もいました。

1987年に発見され、2000年代の初めの頃まで、実際に壕の中へ入ることができたのですが、近年は唯一現存する壕の入り口を敷地内に持つお宅が高齢化のために、敷地内に入ることができなくなっています。
(仕方ないことですが、我々は少し遅すぎましたね[E:bearing][E:sweat01])


とは言え、当日は3人の市民活動家の方に案内をしていただき、1号壕から7壕号まで、入り口があったところを順を追って、確認することができました。



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上の写真は7号壕のもの。まん前にはマンションが何食わぬ顔(!?)で建っています。

そのマンションのみならず、甲陽園は関西有数の高級住宅街。
壕の入り口がそのまま車庫へと転用されているお宅もあります。

本当に、何事もなかったように、住宅が建っています。
新しい公園に、やっと立てられたちいさな碑が、かろうじて地下壕がある事を示すのみです。

西宮市は、地価が下落してしまうような風評被害をおそれ、
新たな開発の途中で地下壕跡が出てきても隠蔽してしまっているのが現状です。

それにしても、この一帯の地盤は頑丈だとは言え、何階建ものマンションが建って大丈夫なのでしょうか?


今回、私たちを案内してくださった方々は、地下壕跡地の保存に尽力をするとともに、安全面でも、西宮市と戦っておられました。

なかなかその活動が行政に受け入れられることは難しいようですが、皆さんの自然体でしなやかな活動姿勢には、一市民として、物怖じせずに社会と戦っていくことに、臆することなんて何もないんだよなぁ、と、勇気をいただきました。



改めて、地震や原発のことも、声を上げていかないといけませんが、もともとある問題についても、力をゆるめることなく取り組んでいかないと!