その1から…

『ホーリネス』『きよめ派』と呼ばれる教会の問題点はなんだったのか。

それは
「聖化の曲解」「偏った終末論」「道徳的律法主義」
などがあげられます。

一番ネックになるのが「聖化の曲解」だと思います。

ホーリネス系団体の主になっている創設者は中田重治と言う人物です。

この中田重治氏は神学を勉強する際にアメリカに行きましたが、
当時のアメリカは南北戦争などで荒廃意識が強いためにキリスト教神学にも、カルト的な教理が埋め込まれていました。

具体的には、聖化の教理の部分ですが、聖化には異なったふたつの教えが基本にあります。

ひとつは
『瞬間的聖化』 です。
これは信じた瞬間に完全に清められ、神と一体化するような状態です。

もうひとつは『段階的聖化』です。
文字通り、日々の祈りやディボーション、み言葉などで霊性を徐々に高めていく、という教えです。

基本的には、この相異なるふたつの教理が混ざり合う事により聖化の救いが完成するのですが、
中田氏は前記の、瞬間的聖化によってだけ信徒は清められる教理をもちこんでいたために、混乱が生じたのでしょう。

具体的にどういった事態が起きるのか、自身の体験も兼ねてあげてみたいと思います。

•牧師の神格化(組織崇拝)
•道徳的律法主義
•間違ったエリート意識
•罪悪感を利用したマインドコントロール

まず牧師の神格化ですが、
これが最もたる原因のひとつではないでしょうか。

瞬間的聖化を信じている牧師は、自身が説教台に立ち説教している時は、完全に清められた、いわば神のような存在、
自分はキリストの代弁者的な勘違いを起こしてしまいます。

よって、自分に刃向かう者や教会にあまり出席しない人を、キリストに対して信仰が無い、と断定し信徒をいじめたり排除する傾向が出来上がってきます。

それにより誤ったエリート意識が芽生え、教会に来ない人、牧師に従わないものは劣等生と言うレッテルを貼られます。

更に牧師に歯向かわないような人物は、道徳的にもしっかりしていないといけません、
そうすると律法主義的な傾向生に強くなり、信徒を裁くようになってきます。

ここまでくるとキリスト教というより、共産主義政治に近いですね。

最後に、これが一番巧妙なのですが。、
いわゆる「救い」についての理解です。

聖化の理解と救いの理解は、非常に隣接していると言えます。

瞬間的聖化は長期的な救いに対して非常に弱いという側面があります。

つまり、信徒は瞬間的聖化を得るために教会に献身をし、道徳的な人間性を高めていきますが、いつまでたっても救われた感じがしません、
そして罪責感にかられまた献身。
この永久ループです。

この負のスパイラルから抜け出せず、精神にも影響をきたし、ついには自分に責任があると思い込みます。

この巧妙な罪悪感のマインドコントロールがホーリネス系教会に仕組まれている事実です。

その3へ続く…













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