- 24章 イサクの花嫁 -

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※ 神について、神とあなたの関係についてのあなたの人生にとって一番重大な質問

 

この24-26章では愛された息子、イサクです。さてここに、イサクがどのようにして花嫁を確保したかという物語があります。この章を学ぶにあたって、アナタに気づいていただきたいふたつのことがあります。ひとつは、この物語に関わっている人たちの人生の詳細に関する主の導きです。もうひとつのことは、リベカがしもべとともに行ってイサクの花嫁になるという決心をしたその率直な態度です。学んでいくと、それがすごいことだということに気づきます。

 

(創世記24:1)「アブラハムは年を重ねて、老人になっていた。【主】は、あらゆる面でアブラハムを祝福しておられた。」

 

 偶像礼拝や異教を行っているカナン人のなかから花嫁を取ることはしたくありませんでした。そこでアブラハムは、ハランの地、自分の民族からイサクの花嫁を迎えるために、しもべをそこへ遣わします。

 

(創世記24:2)「そのころ、アブラハムは、自分の全財産を管理している家の最年長のしもべに、こう言った。『あなたの手を私のももの下に入れてくれ。』」

 

 この時代の男性が誓いを立てるときにとった方法です。この当時のやりかたは、誓いをする人が、誓いをさせる人のももの下に手を入れることになっていました。このしもべはエリエゼルだと思います。彼はしもべたちのかしらで、息子がありました。

 

(創世記24:3)「『私はあなたに、天の神、地の神である【主】にかけて誓わせる。私がいっしょに住んでいるカナン人の娘の中から、私の息子の妻をめとってはならない。』」

 

 クリスチャンのアナタ、もしお宅に結婚適齢期の息子か娘がいるなら、この子が「カナン人」と結婚しないように祈らなければいけませんよ。彼らはまだこの地にいて、私たちのうちの若者たちがカナン人と結婚する危険性がいつでもあるのです。もしも彼らがそのような人々と結婚するなら、誰かが言ったように子どもたちの義理の父親は悪魔ですから、いつでもその悪魔とトラブルが起きるのです。

 

(創世記24:4-6)「『あなたは私の生まれ故郷に行き、私の息子イサクのために妻を迎えなさい。』しもべは彼に言った。『もしかして、その女の人が、私についてこの国へ来ようとしない場合、お子を、あなたの出身地へ連れ戻さなければなりませんか。』アブラハムは彼に言った。『私の息子をあそこへ連れ帰らないように気をつけなさい。』」

 

 言い換えれば、しもべはアブラハムに「もしかして、私と一緒に来るという女性が見つからないとしますね。そうしたら、かえって来てイサク坊ちゃんを連れてかの地に行かなければなりませんか?」と言っているのです。

 

(創世記24:7)「『私を、私の父の家、私の生まれ故郷から連れ出し、私に誓って、「あなたの子孫にこの地を与える」と約束して仰せられた天の神、【主】は、御使いをあなたの前に遣わされる。あなたは、あそこで私の息子のために妻を迎えなさい。』」

 

 彼はしもべに言います。「神さまがあなたを導いてくださる。神さまがこのことを私に約束してくださったのだ。」アブラハムは、暗闇に向かって跳躍している訳ではありません。“信仰”は、暗闇に跳躍することではないのです。信仰は神さまのことばに基づかなければなりません。何か、神さまからのたしかな一筆を持っていますか?「神さまはあの地にイサクの花嫁を備えていてくださっていることは確かなことだ」と言っているのです。

 

(創世記24:8)「『もし、その女があなたについて来ようとしないなら、あなたはこの私との誓いから解かれる。ただし、私の息子をあそこへ連れ帰ってはならない。』」

 

 「神さまは他の方法でこのことを成し遂げてくださる。私にはそれがどんな方法か分からないが、神さまは私の息子が神さまを信じない女性と結婚することを望んでおられないことだけは確信がある。」アブラハムは「もし、これがうまくいかなければ、そのときは、神さまが別の方法で成功される。」と言っています。

 

(創世記24:9)「それでしもべは、その手を主人であるアブラハムのももの下に入れ、このことについて彼に誓った。」

 

 さて、しもべはイサクの花嫁を見つけに出かけます。

 

(創世記24:10)「しもべは主人のらくだの中から十頭のらくだを取り、そして出かけた。また主人のあらゆる貴重な品々を持って行った。彼は立ってアラム・ナハライムのナホルの町へ行った。」

 

 イサクの花嫁を見つけにメソポタミアに出かけて行くしもべは、10頭のらくだを連れて行きますが、それはそのらくだに乗る人がいなければならないことを意味します。彼は何人ものしもべを従者として連れて行きました。「また主人のあらゆる貴重な品々を持って行った。」ことばを変えれば、このしもべはアブラハムのすべての牛とすべての財産を管理していた、ということです。

 

(創世記24:11)「彼は夕暮れ時、女たちが水を汲みに出て来るころ、町の外の井戸のところに、らくだを伏させた。」

 

 女性たちが水汲みに来るのは、ちょっと不思議な気がするかもしれませんが、この当時、らくだに水をやるのは女性たちの仕事でした。正直言うと、当時の女性たちは、今の女性たちよりももっとたくさんの仕事をしていました。肉体的に“大変な”仕事、と言う意味です。

 

(創世記24:12-14)「そうして言った。『私の主人アブラハムの神、【主】よ。きょう、私のためにどうか取り計らってください。私の主人アブラハムに恵みを施してください。ご覧ください。私は泉のほとりに立っています。この町の人々の娘たちが、水を汲みに出てまいりましょう。私が娘に「どうかあなたの水がめを傾けて私に飲ませてください」と言い、その娘が「お飲みください。私はあなたのらくだにも水を飲ませましょう」と言ったなら、その娘こそ、あなたがしもべイサクのために定めておられたのです。このことで私は、あなたが私の主人に恵みを施されたことを知ることができますように。』」

 

 「この町の人たちの娘たちが出て来ます。私はどの娘を選んだらよいか分かりませんが、そのうちのひとりを選ぶように任されています。私が選ぶ娘が、神さまの選ぶ娘でありますように。」言い換えれば、しもべは主が彼を導いて正しい選択ができるようにしてくださるように主に祈っているのです。このしもべは必ず一番美しい娘を選びますよ。もしそうでなければ、彼は良いしもべとは言えないでしょう。

 

(創世記24:15-16)「こうして彼がまだ言い終わらないうちに、見よ、リベカが水がめを肩に載せて出て来た。リベカはアブラハムの兄弟ナホルの妻ミルカの子ベトエルの娘であった。この娘は非常に美しく、処女で、男が触れたことがなかった。彼女は泉に降りて行き、水がめに水を満たし、そして上がって来た。」

 

 神さまが美しさをお造りになったのだし、かわいらしく美しい人を神さまが使われることに、何の問題もありません。私はいつでも、神さまが見た目の良い人たちを今日、神さまのご奉仕のために召されるようにお祈りしています。

 

(創世記24:17)「しもべは彼女に会いに走って行き、そして言った。『どうか、あなたの水がめから、少し水を飲ませてください。』すると彼女は、『どうぞ、お飲みください。だんなさま』と言って、すばやく、その手に水がめを取り降ろし、彼に飲ませた。彼に水を飲ませ終わると、彼女は、『あなたのらくだのためにも、それが飲み終わるまで、水を汲んで差し上げましょう』と言った。」

 

 注意していただきたい大切なことは、リベカはとても礼儀正しく、思いやりのある娘でもあったということです。彼女は美しく、賢く、そしてとても礼儀正しい娘でした。

 

(創世記24:20)「彼女は急いで水がめの水を水ぶねにあけ、水を汲むためにまた井戸のところまで走って行き、その全部のらくだのために水を汲んだ。」

 

 10頭のらくだがいたことを思い出してください。そして、彼らが最後に水を飲んだのはいつだったか、私は知りません。らくだたちのために水を汲むのは、車のラジエーターを満たすようなものでした。

 

(創世記24:21)「この人は、【主】が自分の旅を成功させてくださったかどうかを知ろうと、黙って彼女を見つめていた。」

 

 しもべは驚いて立ち尽くしていました。この娘だろうか、神さまは導いておられるんだろうか、違うんだろうか・・・しもべは、神さまが導いておられると信じました。

 

(創世記24:22-24)「らくだが水を飲み終わったとき、その人は、重さ一ベカの金の飾り輪と、彼女の腕のために、重さ十シェケルの二つの金の腕輪を取り、尋ねた。『あなたは、どなたの娘さんですか。どうか私に言ってください。あなたの父上の家には、私どもが泊めていただく場所があるでしょうか。』彼女が答えた。『私はナホルの妻ミルカの子ベトエルの娘です。』」

 

 ナホルはアブラハムの兄弟です。

 

(創世記24:25-26)「そして言った。『私たちのところには、わらも、飼料もたくさんあります。それにまたお泊まりになる場所もあります。』そこでその人は、ひざまずき、【主】を礼拝して、」
 

 しもべはこのことの中に神さまの御手を見ています。神さまの導きと指導があることは、素晴らしいことだと思いませんか?

 

(創世記24:27)「言った。『私の主人アブラハムの神、【主】がほめたたえられますように。主は私の主人に対する恵みとまこととをお捨てにならなかった。【主】はこの私をも途中つつがなく、私の主人の兄弟の家に導かれた。』」

 

 神さまは、“神さまの”道にいる人々、神さまに導いて欲しいと願い、また導かれて、神さまの願われることをする人たちを導かれます。神さまは喜んで従う心をいつでも導くことがおできになります。

 

(創世記24:28-29)「その娘は走って行って、自分の母の家の者に、これらのことを告げた。リベカにはひとりの兄があって、その名をラバンと言った。ラバンは外へ出て泉のところにいるその人のもとへ走って行った。」

 

 彼は物質的なものに非常に感心しました。何が起こるか、見てください。

 

(創世記24:30)「彼は鼻の飾り輪と妹の腕にある腕輪を見、また、『あの人がこう私に言われました』と言った妹リベカのことばを聞くとすぐ、その人のところに行った。すると見よ。その人は泉のほとり、らくだのそばに立っていた。」

 

 ラバンが輪飾りを見たとき、このゲストが非常に裕福であることが分かりましたね。ラバン伯父さんは良い取引を見過ごしにするような人物ではありませんでした。

 

(創世記24:31)「そこで彼は言った。『どうぞおいでください。【主】に祝福された方。どうして外に立っておられるのですか。私は家と、らくだのための場所を用意しております。』」

 

 ラバンでさえも、生ける神さま、創造主、唯一の神さまがいるという事実を認めています。

 

(創世記24:32)「それでその人は家の中に入った。らくだの荷は解かれ、らくだにはわらと飼料が与えられ、彼の足と、その従者たちの足を洗う水も与えられた。」

 

 このしもべがイサクの花嫁を連れに行ったように、神さまの霊はこの世におられてキリストの花嫁を呼び出されます。この素晴らしい劇的な効果を見てください。その当時の、ワクワクするような素晴らしい記録です。

 

(創世記24:33)「それから、彼の前に食事が出されたが、彼は言った。『私の用向きを話すまでは食事をいただきません。』『お話しください』と言われて、

 

 これは、うひとりのお方について話をするためにこの世に来られた、聖霊のご性質でもあります。神さまに関する限り、それが主要な仕事です。神さまが関心を持っておられるということに関して言えば、第一のことはこの世の人々に福音が述べ伝えられることです。これを第一のことにするために、神さまの霊はここにおられるのです。

 

(創世記24:34)「彼は言った。『私はアブラハムのしもべです。』

 

(ヨハネ16:13-15)「しかし、その方、すなわち真理の御霊が来ると、あなたがたをすべての真理に導き入れます。御霊は自分から語るのではなく、聞くままを話し、また、やがて起ころうとしていることをあなたがたに示すからです。御霊はわたしの栄光を現します。わたしのものを受けて、あなたがたに知らせるからです。父が持っておられるものはみな、わたしのものです。ですからわたしは、御霊がわたしのものを受けて、あなたがたに知らせると言ったのです。」

 

 このしもべも名前が示されておらず、ただアブラハムのしもべと呼ばれています。

 

(創世記24:35)「『【主】は私の主人を大いに祝福されましたので、主人は富んでおります。主は羊や牛、銀や金、男女の奴隷、らくだやろばをお与えになりました。』」

 

 このしもべは父の家について話しています。そして、神さまの霊が“私たちに”知らせてくださるのも父の家のことなのです。神さまの霊はこの世に罪と、正義と、さばきを悟らせます。キリストのことを聞いたことがあるなしに関わらず、彼らは失われた罪人なのです。それが今日の人間の状態です。聖霊が来られたのは、救い主がおられることを私たちに知らせるためです。

 

(創世記24:36)「『私の主人の妻サラは、年をとってから、ひとりの男の子を主人に産み、主人はこの子に自分の全財産を譲っておられます。』」

 

 アブラハムのしもべは、この家族に、すべてを相続する主人の息子のために花嫁を探していると言いに来たのです。

 

(創世記24:37)「『私の主人は私に誓わせて、こう申しました。「私が住んでいるこの土地のカナン人の娘を私の息子の妻にめとってはならない。」』」

 

 神さまは「カナン人」を受け入れられません。神さまの子どもたちは変えられなければならないのです。

 

(創世記24:38-49)「『「あなたは私の父の家、私の親族のところへ行って、私の息子のために妻を迎えなくてはならない。」そこで私は主人に申しました。「もしかすると、その女の人は私について来ないかもしれません。」すると主人は答えました。「私は主の前を歩んできた。その【主】が御使いをあなたといっしょに遣わし、あなたの旅を成功させてくださる。あなたは、私の親族、私の父の家族から、私の息子のために妻を迎えなければならない。次のようなときは、あなたは私の誓いから解かれる。あなたが私の親族のところに行き、もしも彼らがあなたに娘を与えない場合、そのとき、あなたは私の誓いから解かれる。」きょう、私は泉のところに来て申しました。「私の主人アブラハムの神、【主】よ。私がここまで来た旅を、もしあなたが成功させてくださるのなら、ご覧ください。私は泉のほとりに立っています。おとめが水を汲みに出て来たなら、私は、あなたの水がめから少し水を飲ませてください、と言います。その人が私に、『どうぞお飲みください。私はあなたのらくだにも水を汲んであげましょう』と言ったなら、その人こそ、【主】が私の主人の息子のために定められた妻でありますように。」私が心の中で話し終わらないうちに、どうです、リベカさんが水がめを肩に載せて出て来て、泉のところに降りて行き、水を汲みました。それで私が「どうか水を飲ませてください」と言うと、急いで水がめを降ろし、「お飲みください。あなたのらくだにも水を飲ませましょう」と言われたので、私は飲みました。らくだにも水を飲ませてくださいました。私が尋ねて、「あなたはどなたの娘さんですか」と言いますと、「ミルカがナホルに産んだ子ベトエルの娘です」と答えられました。そこで私は彼女の鼻に飾り輪をつけ、彼女の腕に腕輪をはめました。そうして私はひざまずき、【主】を礼拝し、私の主人アブラハムの神、【主】を賛美しました。主は私の主人の兄弟の娘を、主人の息子にめとるために、私を正しい道に導いてくださったのです。それで今、あなたがたが私の主人に、恵みとまこととを施してくださるのなら、私にそう言ってください。そうでなければ、そうでないと私に言ってください。それによって、私は右か左に向かうことになるでしょう。』」

 

 ラバンはこの家族のスポークスマンです。彼の言うことを聞いてください。

 

(創世記24:50-51)「するとラバンとベトエルは答えて言った。『このことは【主】から出たことですから、私たちはあなたによしあしを言うことはできません。ご覧ください。リベカはあなたの前にいます。どうか連れて行ってください。【主】が仰せられたとおり、あなたの主人のご子息の妻となりますように。』」

 

 彼らは言います。「私たちが思いますのに、これは主から出たことです。どうぞ、リベカを連れて行ってください。」

 

(創世記24:52-53)「アブラハムのしもべは、彼らのことばを聞くやいなや、地にひれ伏して【主】を礼拝した。そうして、このしもべは、銀や金の品物や衣装を取り出してリベカに与えた。また、彼女の兄や母にも貴重な品々を贈った。」

 

 神さまの霊は、神さまの子どもたちに同じように贈り物をくださいます。私たちがキリストのもとに来たとき、神さまの霊の証拠と保証を持つのです。信仰によって義と認められ、私たちは神さまとの平和と、神さまに近づく道と、喜びと、希望と、聖霊を与えられました。(ローマ5:1-5参照)私たちはこのように、信者として素晴らしいものに造り変えられたのです。

 

(創世記24:54-55)「それから、このしもべと、その従者たちとは飲み食いして、そこに泊まった。朝になって、彼らが起きると、そのしもべは『私の主人のところへ帰してください』と言った。すると彼女の兄と母は、『娘をしばらく、十日間ほど、私たちといっしょにとどめておき、それから後、行かせたいのですが』と言った。」

 

 「何でそんなに急がれるんですか?リベカにお別れを言うために、最低でも10日はくださいよ。何といっても、彼女とこのことを話さないといけませんし。」 

 

(創世記24:56-57)「しもべは彼らに、『私が遅れないようにしてください。【主】が私の旅を成功させてくださったのですから。私が主人のところへ行けるように私を帰らせてください」と言った。彼らは答えた。『娘を呼び寄せて、娘の言うことを聞いてみましょう。』」

 

 私がとても素晴らしいと思う非常に大切な箇所に来ましたよ。見落とさないでくださいね。

 

(創世記24:58)「それで彼らはリベカを呼び寄せて、『この人といっしょに行くか』と尋ねた。すると彼女は、『はい。まいります』と答えた。」

 

 彼女はあいまいな態度をとったり、ごまかしたり、遠まわしに言ったり、ためらったりしません。リベカは「はい。まいります」と言います。神さまの霊はこの世に来られ、花嫁を呼んでおられます。「あなたは行きますか?あなたのために死んだ方がここにおられるのですよ。この方があなたを救われます。質問は「あなたは行きますか?」です。アナタはこの招待を受け入れますか?アナタはキリストをアナタの救い主として信頼しますか?このことは、遠まわしに探るようなことではありません。行くか、行かないかのどちらかなのです。私はあのようにはっきりした決断が大好きです!神さまは、アナタにもそのようでいて欲しいのです。それが神さまがアナタを受け入れる方法であり、唯一の方法なのです。

 

(創世記24:59-60)「そこで彼らは、妹リベカとそのうばを、アブラハムのしもべとその従者たちといっしょに送り出した。彼らはリベカを祝福して言った。『われらの妹よ。あなたは幾千万にもふえるように。そして、あなたの子孫は敵の門を勝ち取るように。』」

 

 この預言はすでに成就しました。ここではまだこれから成就するであろう預言のことを話しているのではなく、もうすでに成就した預言のことを話しているのです。

 

(創世記24:61)「リベカとその侍女たちは立ち上がり、らくだに乗って、その人のあとについて行った。こうして、しもべはリベカを連れて出かけた。」

 

 長い帰りの旅路です。この旅については何も書かれていませんが、らくだに乗るのは易しいことではなかったのです。色あせることはありません。その夜、リベカはこの人と会うときのことを夢見て、ぐっすりと休みます。

 

(創世記24:62)「そのとき、イサクは、ベエル・ラハイ・ロイ地方から帰って来ていた。彼はネゲブの地に住んでいたのである。」

 

 これは、へブロンとべエル・シェバの快適な地方にありました。

 

(創世記24:63)「イサクは夕暮れ近く、野に散歩に出かけた。彼がふと目を上げ、見ると、らくだが近づいて来た。」

 

 この人間的な挿話の中に、キリストがご自分の花嫁のために来られる場面を見ることができます。多くの人たちは「主が来られて、主とともに私たちが引き上げられるのは何て素晴らしいことでしょうね!」と言っています。もうひとつの見解があります。それは主が来られるとき、主とともに来る人たちの見解です。先に死んだ者たちは、主が父なる神さまの右の御座から立ち上がって、空中で主とお会いするためにご自分の教会を呼びに行かれるときに主にお会いします。なんという、栄光に満ちた場面でしょう! 

 

(創世記24:64-65)「リベカも目を上げ、イサクを見ると、らくだから降り、そして、しもべに尋ねた。『野を歩いてこちらのほうに、私たちを迎えに来るあの人はだれですか。』しもべは答えた。『あの方が私の主人です。』そこでリベカはベールを取って身をおおった。」

 

 私たちはキリストの花嫁としてキリストの義を身にまとわなければなりませんが、キリストが私たちを義に造り変えてくださったのです。キリストは私たちの罪のために渡され、私たちが義と認められるためによみがえられました。それは、私たちが神さまの御前に立つことができるように義を持つことができるためです。(Iペテロ1:8) 

 

(創世記24:66)「しもべは自分がしてきたことを残らずイサクに告げた。」

 

 聖霊は私たちに保証の印を押し、贖いの日にキリストのもとへ届けてくださいます。このアブラハムのしもべがイサクの花嫁を見つけることは確かでした。

 

(創世記24:67)「イサクは、その母サラの天幕にリベカを連れて行き、リベカをめとり、彼女は彼の妻となった。彼は彼女を愛した。イサクは、母のなきあと、慰めを得た。」

 

 「彼は彼女を愛した。」キリストは教会を愛し、教会のためにご自分を与えられました。「イサクは、母のなきあと、慰めを得た。」これは、私たちの救いの中に、キリストが多くのものを得られることを示しています。キリストは私たちを欲し、私たちを慕っておられるのです。ああ、愛する人たち。アナタも私も、キリストに忠実でありますように!

 

※ 是非、引き続きブログテーマ「創世記」をお読みください。

 

― 特別聖書集会のご案内 香川県高松木太キリスト教会 -

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6月3日(金) ① 19:30~20:30

6月4日(土) ② 14:00~15:00  ③ 19:30~20:30  

6月5日(日) ④ 10:00~11:00  ⑤ 14:00~15:00

 

是非お近くの方は「聖書のみことば、罪のゆるし、死後のさばきからの救いのメッセージ、福音」を聞きにお越しください! 

 

神の御子イエス・キリストは、罪深い人間の身代わりに、十字架で死なれ、死の力を打ち破ってご復活されたまことの神、救い主なる御方です。

 

    
キリストは罪人である私たちの身代わりとなられ、十字架にかかり、死んでくださり、墓に葬られ、ご復活されました。その神の御子なるお方イエス・キリストを真の神、救い主と信じ受け入れることによって、私たちの罪がゆるされ、永遠の地獄の裁きから救われます。これが罪のゆるし、死後の裁きからの救いの福音です。

 

※ 約12分の救いのためのメッセージ動画です。是非ご覧下さい。

救いの福音のメッセージ文書版です。是非お読みください。

 

イエス・キリストは、皆さまを救う救い主です。人形劇を行いました。お子様と一緒にご覧ください。

 

 

 

是非これを読まれた方が主イエス・キリストを信じ救われることを心より願っております。罪のゆるしについて、死後のさばき(永遠の地獄)からの救いについて、真剣に考えたい方、話を聞きたい方は是非プロフィールクリック→メッセージください。あなたがどうすれば救われるのか一緒に考えさせてください。

 

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イグアスの滝(自分で撮った写真です。)悪魔の喉笛です。

~一番ポピュラーな、悪魔の喉笛の由来は、その下の岩に打ち付ける滝の音が、悪魔が唸り声を上げている様に聞こえるから...~