- 1章 ヨシヤの治世の間の、預言者の召し。 -
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※ 神について、神とあなたの関係についてのあなたの人生にとって一番重大な質問
同じ時期を網羅しているI サムエル記からII 歴代誌にかけての歴史書とともに預言書を読んでいくことは、預言書を理解する助けになります。預言者たちは、これらの歴史書が網羅している時期の間に預言をしました。捕囚からの解放後に預言した、ハガイ、ゼカリヤ、マラキだけはこの例外です。(彼らは、エズラ書、ネヘミヤ書の時期に当てはまります。)
(エレミヤ1:1)「ベニヤミンの地アナトテにいた祭司のひとり、ヒルキヤの子エレミヤのことば。」
ここに、エレミヤの父親である、「ヒルキヤ」のことが書かれています。彼は、ヨシヤの時代に律法の書を見つけた大祭司でした。モーセに与えられた律法の書が発見されたことが、ヨシヤの治世の間のリバイバルを引き起こしました。リバイバルは、人間によって起こされるものではありません。神さまのみことばによって起こされるのです。人間ではなく、聖書なのです。教会で起こったリバイバルのひとつひとつが、神さまのみことばによるものです。
(エレミヤ1:2)「アモンの子、ユダの王ヨシヤの時代、その治世の第十三年に、エレミヤに【主】のことばがあった。」
ヨシヤは即位したときに8歳で、31年間統治しました。エレミヤは、ヨシヤが22歳のときに自分のミニストリーを始めました。明らかに、エレミヤも20歳前後でした。ですからふたりとも若者で、おそらく 友だちであったことでしょう。エレミヤは、ヨシヤの治世の間、18年間預言をしました。そして、ヨシヤの葬式で哀歌を歌ったひとりでした。
(II 歴代誌35:25)「エレミヤはヨシヤのために哀歌を作った。そして、男女の歌うたいはみな、今日に至るまで、彼らの哀歌の中でヨシヤのことを語り、これをイスラエルのために慣例としている。これらは哀歌にまさしくしるされている。」
ヨシヤは、とても愚かなことをしました。神の人でさえも、ときどき愚かな行いをします。エジプトのパロが、まったくユダと戦うために出て来たのではなかったのにもかかわらず、ヨシヤはパロと戦うためにカルケミシュに行きました。ヨシヤの死後、民がバビロン捕囚のあとまで抜け出すことのできない、夜の暗やみに陥ってしまうことを、エレミヤは見ることができました。
(エレミヤ1:3)「それはさらに、ヨシヤの子、ユダの王エホヤキムの時代にもあり、ヨシヤの子、ユダの王ゼデキヤの第十一年の終わりまで、すなわち、その年の第五の月、エルサレムの民の捕囚の時まであった。」
この節と、この前の節は、私たちにエレミヤのミニストリーの正確な時期を教えてくれます。ミニストリーは、ヨシヤ王の治世の13年目から、エルサレムが捕囚に連れて行かれるまで続きました。ユダが捕囚に連れて行かれたとき、ネブカデネザルがエレミヤに、この地にとどまることを許可したことが分かっています。
(エレミヤ39:11-12)「バビロンの王ネブカデレザルは、エレミヤについて、侍従長ネブザルアダンに次のように命じた。『彼を連れ出し、目をかけてやれ。何も悪いことをするな。ただ、彼があなたに語るとおりに、彼にせよ。』」
もちろん、エレミヤはほかの人々と一緒にバビロンに行きたくはありませんでした。彼らはエレミヤのメッセージを拒否し、エレミヤが予告したように捕囚に連れて行かれたのです。逃亡者たちはエレミヤの忠告に逆らってエジプトに下って行き、エレミヤを自分たちと一緒に連れて行きました。エジプトでもエレミヤは、彼らに対して誠実に神さまのみことばを述べ続けました。エホヤキムは11年間統治しました。
エレミヤは彼に、バビロンの王ネブカデネザルに反逆しないように警告しました。ところがエホヤキムはエレミヤの忠告を聞かず、バビロンに連れて行かれました。ゼデキヤが謀反を起こしたとき、ネブカデネザルがやって来てエルサレムを破壊し、彼の息子たちを殺し、ゼデキヤの目をえぐり出して彼をバビロンに連れて行きました。エレミヤは、エルサレムに残された残りの者たちに、ミニストリーを続けました。彼らがむりやりにエレミヤをエジプトに連れて行ったあとも、彼は死ぬときまでエジプトでミニストリーを続けました。エレミヤの人生を特徴付けているふたつのことは、嘆きと、孤独です。嘆きと孤独がエレミヤのミニストリーのしるしです。
(エレミヤ1:4)「次のような【主】のことばが私にあった。」
「主のことば」がエレミヤにありました。このことは強調してもしすぎることはありません。もし、これを受け入れて進んでいく準備ができていないのなら、あなたはこの書を閉じて下に置いたほうが良いでしょう。とにかく、神さまは彼にことばを与えられ、そのことばが、神さまのみことばとして私たちのために記録されているのです。
(エレミヤ1:5)「『わたしは、あなたを胎内に形造る前から、あなたを知り、あなたが腹から出る前から、あなたを聖別し、あなたを国々への預言者と定めていた。』」
子どもは、受精した瞬間から子どもなのです。詩篇139篇を読んでください。(詩篇139:15)とダビデは言っています。つまり、彼は、自分の母親の胎内で組み立てられたということです。そして、その瞬間いのちが始まりました。ある産科医から、胎児は一番最初から、ものすごく発達するものなのだと聞きました。神さまはエレミヤを励ますために、これらのことを話しておられるのです。「エレミヤ。わたしはあなたに知ってもらいたい。大切なことは、わたしがあなたを召したこと、わたしがあなたを任命したこと、そしてわたしがあなたを聖めた、ということなのだよ。」と神さまは言われたのです。「エレミヤよ。あなたが生まれる前から、わたしはあなたを、わたしのために使うように分けて置いたのだ。だから、あなたのメッセージの効果について、心配することはない。あなたはただ、メッセージを伝えなさい。」実を言えば、神さまは私にも同じことを期待しておられるのです。私は、メッセージを準備するとき、とても気楽です。私は加減はしません。神さまのみことばをただそのままに語るだけです。それが私の責任なのです。
(エレミヤ1:6)「そこで、私は言った。『ああ、神、主よ。ご覧のとおり、私はまだ若くて、どう語っていいかわかりません。』」
エレミヤは、おそらくこのとき、20歳前後だったことでしょう。「私は若く、経験もない者です。私には、そのような仕事ができるような資格はありません。このような仕事のためには、準備ができていないのです。」ということです。神さまが用いられる人は、自分ではそのようなことはできないと思っている人だ、ということに気づいたことがありますか?もしあなたが今日、自分にはこのことができると思っているのなら、言わせていただきますが私は、神さまはあなたを用いることはおできにならないと思います。エレミヤは、 自分は不十分で、不適応で、用意ができていない、と感じました。神さまのお答えを聞いてください。
(エレミヤ1:7)「すると、【主】は私に仰せられた。『まだ若い、と言うな。わたしがあなたを遣わすどんな所へでも行き、わたしがあなたに命じるすべての事を語れ。』」
「あなたは私の命じることを、権威をもって語りなさい。」と言われるのです。神さまのみことばを宣べ伝えることは、とても快適であり、とてもすばらしいことだと言わせていただきましょう。私はエレミヤが大好きです。彼を慰めてあげたいと思います。確かに今まで、エレミヤは私の慰めになって来てくれました。
(エレミヤ1:8)「『彼らの顔を恐れるな。わたしはあなたとともにいて、あなたを救い出すからだ。──【主】の御告げ──』」
「私は“確かに”罪人です。救ってください。」と言ったのです。彼はキリストを自分の個人的な救い主として受け入れました。これが、神さまのみことばを宣べ伝えることの喜びです。だからこそ神さまは、勇気と確信をもって神さまのみことばを伝えなさいと言われるのです。神さまのみことばが空しく戻って来ることはありません。みことばは、神さまの目的を達成するのです。神さまは、「ほら、わたしはあなたの味方なのだよ。」と言っておられるのです。
(エレミヤ1:9)「そのとき、【主】は御手を伸ばして、私の口に触れ、【主】は私に仰せられた。『今、わたしのことばをあなたの口に授けた。』」
神さまは、聖書の“ことば”に霊感を与えられました。たとえば、悪魔はうそをつくようにと神さまに霊感されたわけではありません。でも、悪魔がうそをついたという聖書の中の記録は、霊感されています。聖書のことばが、神さまに霊感されている、ということに気づくことは、とても大切です。「わたしは、“わたしのことばを”あなたの口に授けるのだ。」と神さまはエレミヤに言われたのです。
(エレミヤ1:10)「『見よ。わたしは、きょう、あなたを諸国の民と王国の上に任命し、あるいは引き抜き、あるいは引き倒し、あるいは滅ぼし、あるいはこわし、あるいは建て、また植えさせる。』」
エレミヤは、ヨシヤ、エホヤキム、エホアハズ、エホヤキン、そしてゼデキヤの治世の間に預言しました。このすべての王たちが、さまざまな事務局を持ち、政府の計画を実行していました。それらはみな、エルサレムを発展させる計画だったのです。環境を取り扱い、スラム街をなくそうとしていました。ひとりひとりが、貧困者救済計画を持っていました。でも、エレミヤに対して注意を向けた王はひとりもいませんでした。エレミヤは無視されたのです。今、そのときからほとんど3,000年がたちました。
エホヤキンやエホヤキムがおこなったことを、ひとつでもあげることができますか?何ひとつ、良いことは書かれていません。それでも、彼らの時代には、ひとりひとりが自分たちは正しいこと、人気のあることをしていると思っていました。エレミヤは無視されたのです。でも、今日私たちは、誰について書かれていることを読んでいるのでしょう?エレミヤについてです。
エレミヤ書は神さまのみことばなのです。この書は生き残りましたし、私たちの時代を通しても生き残ります。科学者たちは、神さまに聞こうとはしません。それでも、神さまは語っておられ、神さまのみことばは生き残るのです。神さまはエレミヤを、神さまのみことばをユダの国に宣べ伝える責任者にすると言っておられます。そして気の毒なエレミヤは、仕事につく前に、もう退職したいと願っているのです!
(エレミヤ1:11)「次のような【主】のことばが私にあった。『エレミヤ。あなたは何を見ているのか。』そこで私は言った。『アーモンドの枝を見ています。』」
実際アーモンドの木は、(イスラエルでは)長い冬の夜があけて、春、最初に花を咲かせる木でした。アーモンドの木のようにエレミヤは、目覚まし時計、起こす者になるべきだったのです。彼は人々の目を覚まさせようとしますが、人々は起きたくはありませんでした。寝ている人は、だれひとり起こされるのが好きではありません。エレミヤは、ユダの国にとっての「起こす者」になるのです。
(エレミヤ1:12)「すると【主】は私に仰せられた。『よく見たものだ。わたしのことばを実現しようと、わたしは見張っているからだ。』」
神さま言われました。「確かにそうだ。わたしはあなたに、彼らを起こすことばを与えよう。そのことばは、彼らを眠りから揺り起こすことになる。」
(エレミヤ1:13)「再び、私に次のような【主】のことばがあった。『何を見ているのか。』そこで私は言った。『煮え立っているかまを見ています。それは北のほうからこちらに傾いています。』」
「煮え立っているかま」とは、何だったのでしょう?北の肥沃な三日月地帯(Fertile Crescent)あたりが、煮え立っているかまだったのです。いずれユダを滅ぼすべき、増大しつつあるバビロンの力でした。自分たちの国にこれから何が起ころうとしているかを常に民に警告し続けることが、エレミヤの務めだったのです。
(エレミヤ1:14-15)「すると【主】は私に仰せられた。『わざわいが、北からこの地の全住民の上に、降りかかる。今、わたしは北のすべての王国の民に呼びかけているからだ。──【主】の御告げ──彼らは来て、エルサレムの門の入口と、周囲のすべての城壁と、ユダのすべての町に向かって、それぞれの王座を設ける。』」
1世紀前に、神さまはエルサレムを助け出してくださいました。そして今、すべての偽預言者たちは、神さまは今度もまたそのようにしてくださると言いながら、走り回っていました。このとき、エレミヤはひとりで立ち、民の上に来たるべき、これらのさばきを伝えなければなりませんでした。
(エレミヤ1:19)「『だから、彼らがあなたと戦っても、あなたには勝てない。わたしがあなたとともにいて、──【主】の御告げ──あなたを救い出すからだ。』」
主は言われます。「さあ行きなさい、エレミヤ。彼らはあなたに抵抗する。あなたのメッセージに耳を傾けることはない。でも、あなたはメッセージを“伝える”のだ。」エレミヤは、自分は預言者の職務につく資格はないし、自分にはその価値はないと感じていました。そして、そのことを言い訳にしました。でも、神さまは「わたしは、わたしのことばをあなたの口に授けた。あなたはわたしのことばを宣べ伝えるのだ。」と言われるのです。
私は、神さまのみことばを確かに宣べ伝えているのだと確信があるのでなければ、だれも講壇に立ってメッセージをするべきではないと思います。もし、何か疑いがあるなら、あるいは、自分の考えを宣べ伝え、リベラルで社会的な福音を伝えなければならないと感じるなら、講壇に近づいてはいけません。どれだけの説教術や神学を学んだか、あるいはどれほど洗練された訓練を受けたかに関わらず、自分が神さまのみことばを宣べ伝えているという確信がないのなら、その人は講壇に立つべきではないのです。これはとても大切なことです。エレミヤは、自分がまさに神さまのみことばを宣べ伝えているという確信を持つことができました。
※ 是非、引き続きブログテーマ「エレミヤ書」をお読みください。
是非お近くの方は「聖書のみことば、罪のゆるし、死後のさばきからの救いのメッセージ、福音」を聞きにお越しください!
神の御子イエス・キリストは、罪深い人間の身代わりに、十字架で死なれ、死の力を打ち破ってご復活されたまことの神、救い主なる御方です。
※ 約12分の救いのためのメッセージ動画です。是非ご覧下さい。
救いの福音のメッセージ文書版です。是非お読みください。
是非これを読まれた方が主イエス・キリストを信じ救われることを心より願っております。罪のゆるしについて、死後のさばき(永遠の地獄)からの救いについて、真剣に考えたい方、話を聞きたい方は是非プロフィールクリック→メッセージください。あなたがどうすれば救われるのか一緒に考えさせてください。
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イグアスの滝(自分で撮った写真です。)悪魔の喉笛です。
~一番ポピュラーな、悪魔の喉笛の由来は、その下の岩に打ち付ける滝の音が、悪魔が唸り声を上げている様に聞こえるから...~





