-    創世記  1章2~31節  創造の1日目~6日目-

 

〇第一日 ― 光
(創世記1:3-5)「神は仰せられた。『光があれ。』すると光があった。神は光を見て良しとされた。神は光とやみとを区別された。神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕があり、朝があった。第一日。」

 

6日にわたる地の建造にたどりつきました。神さまは、すでに形になったものを取り、この6日間は「創造」されたのではなく、「再創造」されたのです。すでにそこに存在していた物質、つまり、すでに何億年も前に無から創造された物質を使用されています。この一日は24時間の一日であるはずです。それ以外のどんな結果をここから引き出せるというのでしょう。「神は仰せられた。『光があれ。』」この箇所は、神さまが初めてお語りになったところです。聖書に最初に記録されている神さまのことばです。

 

〇第二日 ― 空間(大空)

(創世記1:8)「神は大空を天と名づけられた。夕があり、朝があった。第二日。」

これは、アナタや私が天国と考えているものとは違います。実際、聖書に出て来る天には3種類があります。主イエスは、天の鳥について話されましたが、この節に出て来る天はそれと同じだと思います。雲が存在し鳥が飛ぶ場所です。

 

〇第三日 ― 乾いた地、植物

(創世記1:11)「神は仰せられた。『地が植物、すなわち種を生じる草やその中に種
がある実を結ぶ果樹を、種類にしたがって、地の上に芽ばえさせよ。』そのようになった。」

 

さて、ここで神さまは植物を植えられました。なぜなら、大洪水まで、人間は菜食主義だったからです。人間は果物とナッツだけを食べるのです。植物の形成は3日目に完結しました。

 

〇第四日 ― 太陽、月、星の現れ

(創世記1:15-16)「『また天の大空で光る物となり、地上を照らせ。』そのようになった。神は二つの大きな光る物を造られた。大きいほうの光る物には昼をつかさどらせ、小さいほうの光る物には夜をつかさどらせた。また星を造られた。」

ふたつのうちのひとつが昼間をつかさどらなければなりませんでした。太陽はなかなか上手に役割を果たしています。月もまた、よくやっています。月明かりの中でプロポーズしました。月は夜に大きな影響力を持っていますね。そしてほんの小さなひとことがあります。「また星を造られた。」星を造るというのは、かなりの大仕事ですが、神さまにはそうではありませんでした。ジョン・ウェスレイは言いました。「神さまは天と地とを創造されたが、それは神さまにとって、努力というものの半分にも満たなかった。」神さまは「また星を造られた」のです。

 

〇第五日 ― 動物

(創世記1:20-21)「神は仰せられた。『水には生き物が群がれ。鳥が地の上、天の大空を飛べ。』神は、海の巨獣と、種類にしたがって、水に群がりうごめくすべての生き物と、種類にしたがって、翼のあるすべての鳥を創造された。神はそれを見て良しとされた。」

かなり進歩してきましたね。これは、すべてのものがひとつの小さな細胞から出てきたのではなく、神さまがひとつひとつの被造物を造られ、そのひとつひとつが進歩してきているということです。神さまは「水には生き物が群がれ。」と言われ、次の節では「種類にしたがって、」と付け加えられています。「種類」ということばは、ダーウィンが言った種を意味するのではなく、それ以上のものを意味しています。このことばは、門(動植物分類のの最高区分)です。たとえば、馬門といえば単に馬だけでなく、馬科のすべての動物を含みます。神さまはそのようなものの一つを造られ、そして、そのひとつひとつから進歩が起こったのです。めざましい進歩です。21 「神はそれを見て良しとされた。」よく見てください。神さまがされることは何でも、“良い”のです。

 

〇第六日 ― 被造物の繁殖力、人間の創造

(創世記1:27)「神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。」

 

人間は創造されたのです。新しいものなのです。 創世記の最初の節に出て来るのと同じことばです。「初めに、神が天と地を創造した。」神さまは、物理的な宇宙を創造されました。そして、神さまはいのちを創造されました。(創世記1:21)「神は、海の巨獣と、種類にしたがって、水に群がりうごめくすべての生き物と、・・・」そして今、神さまは人間を創造されたのです。

 

神さまは次の章で人間の創造の詳細を語られます。神さまはご自分の創造の中でたったひとつのことだけを詳細に説明されました。それは人間の創造です。なぜだか分かりますか?聖書の神さまの記録は人間のために書かれたものだからです。神さまは、人間に自分の起源について知って欲しいと思っておられるのです。それは神さまがまるでこう言っておられるようです。「わたしはあなたに、宇宙の創造についての憶測などに注目せずに、自分自身の創造について十分に注目してもらいたい」と。この節は何かとてもすごいことを私たちに語っています。

 

人間は肉体的、精神的、そして霊的な存在です。私はそうだと信じています。人間は人であり、人として自意識を持ち、自分で自分の決断をします。彼は、自由な道徳の管理人です。あきらかに、このことが人類をユニークにしています。神さまが人をご自身のかたちに造られたというのは、このことだと私は思うのです。今日私たちが見ているものは、以前は“存在”さえしなかったものから造られています。創造は、無から有を作り出したのです。

 

進化論も、創造を説明することはできません。進化論は、どのようにして無が有になったかという質問に決して答えられたことはありません。進化論はいつでも、ちいさなアメーバか、ゴミバケツか、海藻のひとかけらか、木の上の動物から始まるのです。私たちの頭では、何かスタートのものが必要ですが、聖書は無から始まります。神さまは創造されたのです!これこそがこの章の非常に偉大な啓示です。

 

この章にはいくつかの真理があります。まず、多神教を否定します。ひとりの神さまが創造されたのです。物質の永遠性を否定します。最初のことばは、「初めに」です。そして、そこには初めがあったのですよ。神さまはすべての“もの”の前からおられ、ものから離れた方です。神さまは、ご自分の意思に従って、自由に行動されます。最後に、1章の著しい特色をあげておきましょう。:(1)秩序(2)進歩(3)迅速さ(4)完璧さ

 

※ 是非引き続きブログテーマ「創世記」をお読みください。

 

※この「いのちのみことば」ブログは、主にここで学んだ聖書箇所内容を掲載しております。

 

神の御子イエス・キリストは、罪深い人間の身代わりに、十字架で死なれ、死の力を打ち破ってご復活されたまことの神、救い主なる御方です。 

 

    

キリストは罪人である私たちの身代わりとなられ、十字架にかかり、死んでくださり、墓に葬られ、ご復活されました。その神の御子なるお方イエス・キリストを真の神、救い主と信じ受け入れることによって、私たちの罪がゆるされ、永遠の地獄の裁きから救われます。これが罪のゆるし、死後の裁きからの救いの福音です。

 

 

※聖書が語っている「十字架の御業」「死後のさばきからの救い」とは何か。

 

私が救いに至った経緯は、ブログのプロフィールに書いてあります。是非お読みください。


 

- 特別聖書集会のご案内 -

香川県高松市の高松木太キリスト教会で聖書集会を行います。

4/22(金) 1回目 19:30~

4/23(土) 2回目 14:00~  3回目 19:30~

4/24(日) 4回目 10:00~  5回目 14:00~

 

是非お近くの方は「聖書のみことば、罪のゆるし、死後のさばきからの救いのメッセージ、福音」を聞きにお越しください! 

 

皆様にとって一番大切な聖書の福音、救いについて語っています。是非ご覧ください。約11分です。

(メッセージ:東古松キリスト教会 河田牧師)

 

救いの福音のメッセージ文書版です。是非お読みください。

 

イエス・キリストは、皆さまを救う救い主です。人形劇を行いました。お子様と一緒にご覧ください。

 

 

是非これを読まれた方が主イエス・キリストを信じ救われることを

心より願っております。

罪のゆるしについて、死後のさばき(永遠の地獄)からの救いについて、真剣に考えたい方、話を聞きたい方は

是非プロフィールクリック→メッセージください。あなたがどうすれば救われるのか一緒に考えさせてください。

 

 現在ランキング1位! クリックをお願いします!

 

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ 現在PVランキング1位! クリックをお願いします!
にほんブログ村

PVアクセスランキング にほんブログ村

 

イグアスの滝(自分で撮った写真です。)悪魔の喉笛です。

~一番ポピュラーな、悪魔の喉笛の由来は、その下の岩に打ち付ける滝の音が、悪魔が唸り声を上げている様に聞こえるから...~