- 罪とは無法 -

 

罪とは神の目から見た悪い行いのことです。

「義人はいない。一人もいない。」(ローマ3章10節)

 

聖書のヨハネの手紙第一の3章4節(エマオ訳聖書)に「罪とは無法のことです。」とあります。無法とは支配の拒絶という意味です。ですから、罪の本質とは神様の支配を拒絶することなのです。

 

神様がご存在されると思う、とおっしゃる方はたくさんいらっしゃいます。しかし、神様のご存在を認めることと、神様を自分の神様として受け入れることは別です。そのような人たちはよくこう言います。「自分の人生なんだから、好きなようにさせてくれ。たとい神様であったとしても私の人生に口出ししないでくれ。」愛なる神様の導きを拒否してでも、自分のやりたいことを優先する生き方が無法であり、神様に対する罪です。そしてこの無法から罪深い行いが生じるのです。

 

無法から生じる罪の行いは「うそ」「悪口」「盗み」「争い」などです。

自分の好きなように生きたいというのは、結局のところ自分の欲望を第一にするということであり、また自己中心に生きるということです。そこから醜い行いが生まれてくるのです。自分にとって都合がいいように嘘をつき、他人が自分より良い物を持っていれば妬み、手に入らなければ盗む、また自分の生き方にとって邪魔になれば争う、これらはみな、心のうちにある無法から生じた結果なのです。

 

まずはその神のご存在とご性質を知り、神の支配を認め、次に神の基準の罪を正しく理解し、

ご自分の中にある罪を認めることが「罪の赦しの福音」「死後のさばきからの救い」

を理解していくうえで非常に大切なことなのです。

 

「私の兄弟たち。あなたがたのうちに、真理から迷い出た者がいて、だれかがその人を
連れ戻すようなことがあれば、罪人を迷いの道から引き戻す者は、罪人のたましいを死から救い出し、また、
多くの罪をおおうのだということを、あなたがたは知っていなさい。」(ヤコブ5:19-20)

 

神の真理から迷い出た罪人のあなたを迷いの道から引き戻すことが出来る方はイエス・キリストなる御方です。

イエス・キリストは罪人の魂を死から救い出し、多くの罪をおおう、すなわち赦す(ゆるす)ことができる御方であることを

まずは知らなければなりません。
 

※ 明日以降もテーマ「罪について」を是非続けてお読みください。

 

私が救いに至った経緯は、ブログのプロフィールに書いてあります。是非お読みください。

 

 

 

- 特別聖書集会のご案内 -

香川県丸亀市のマルタスで聖書集会を行います。

2/19(土) 1回目 10:00~  2回目 14:00~

2/27(日) 3回目 15:00~

是非近くの方は「聖書のみことば、罪のゆるし、死後のさばきからの救いのメッセージ、福音」を聞きにお越しください! 

詳しく知りたい方はメッセージください。詳細をお知らせいたします。

 

皆様にとって一番大切な聖書の福音、救いについて語っています。是非ご覧ください。約8分です。

 

救いの福音のメッセージ動画の文書版です。是非お読みください。

 

是非これを読まれた方が主イエス・キリストを信じ救われることを

心より願っております。

罪のゆるしについて、死後のさばき(永遠の地獄)からの救いについて、真剣に考えたい方、話を聞きたい方は

是非プロフィールクリック→メッセージください。あなたがどうすれば救われるのか一緒に考えさせてください。

 

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イグアスの滝(自分で撮った写真です。)悪魔の喉笛です。

~一番ポピュラーな、悪魔の喉笛の由来は、その下の岩に打ち付ける滝の音が、悪魔が唸り声を上げている様に聞こえるから...~