岡豊城を含めた“長宗我部元親ゆかり地めぐり”です
できたら“長浜城”も登りたいと思っていたのですが、縄張図も入手できませんでしたし、
登れるお城ではないようです。
撮り忘れちゃいましたが、秦神社の隣にある“雪蹊寺”(せっけいじ)も長宗我部元親と関係のあるお寺で
長宗我部氏の菩提寺でした。
長宗我部元親の嫡男 長宗我部信親の墓
雪蹊寺の境内にあるのですが、最奥にあるので探すのに苦労しました
長宗我部信親の“信”の字はご存じ 第六点魔王“織田信長”から頂戴した字です。
信親は豊臣秀吉の九州攻めに従事し、戦死してしまいます(戸次川の戦い)
長宗我部元親と弟 長宗我部親貞(吉良親貞)の初陣の“戸ノ本の戦い 古戦場”です。
長宗我部元親初陣の像
Yahoo地図で見たら、緑色だったので公園かと思っていたのですが、小道の一角にありました。
しかし専用の駐車場完備!
さらにご丁寧に“長宗我部元親初陣像”の大きな看板付き!
“元親への手紙”なるノートが設置されており、見てみると9割が戦国BASARAファン様の書き込みで、
「アニキ大好き」などと書いてありました
歩いて20分くらいのところにある“長宗我部元親のお墓”
しっかし、この道が狭いのなんのって
歩道がないに等しいです。
戸次川の戦いの折、この馬のおかげで元親は一命を取り留めたと云われています。
裏を向いていたので、存在に気づかず探し回ってしまいました
バスの時間ギリギリでこの碑を発見し、急いでとってバス停へと向かったのですが、
15分待てどもバスが来ない・・・
「写真撮っているうちに行っちゃったのかな~?」
次のバスは1時間半後。
目的地の桂浜までは徒歩30分ほど。
あなたならどうしますか?
私は後者をとります
「30分くらい、歩いてやんぜ」とヤサグレながらトボトボ歩き出しました
その1分後・・・・・
マジかよ。
旅行最終日でこっちは足、ガタガタなんだよっ
っていうか、ちょっと想像してたけどね。
元親さんや龍馬さんが吹かれたであろう、潮風に吹かれながら歩かせていただきました
(単純な性格なのでそんなことを考えていたら、楽しくあっさり目的地にたどり着きました)
山内氏に反乱を起こした一領具足(長宗我部氏に従っていた農民)の碑。
幕末に出てくる“上士”“郷士”はこの領主変更が発端です。
最終目的地は桂浜!
といっても“龍馬記念館(?)”は行きませんでしたけど(^^;)