こんにちは!住友不動産で注文住宅を建てました。完全見た目重視のかわいい洋風一軒家を目指しましたチューリップマイホーム計画中のジャンルでブログを始めましたが、今はインテリア・暮らしジャンルで、リアルではなかなか言えないモヤモヤ、リアルでは誰も聞かない買い物や旅行の話などをしています。日仏ハーフの子どもたちの話が多いです日本フランス

 

マイケルの命日なので思い出と映画の感想を…
 

 

 

ご訪問ありがとうございます気づき

日付が変わってしまいましたが、6月25日はマイケルの命日。亡くなってもう17年。

ずっとさびしい。今でも仕事帰りの夜にふと「なんでいなくなっちゃったの泣くうさぎとしんみりすることがあります。

 

私がマイケルに目覚めたのは1994年の春休み。中1が終わろうとしていた頃でした。

仲良かった友達の一人にマイケルのファンがいました。とても気が合い、大好きだったのだけど、女子特有のグループ作りにまつわる一時的な仲間外れがきっかけで、その子と疎遠になってしまいました。

もう一度仲良くしたいという気持ちもあって、マイケルを聴き始めたという、若干不純な動機です(笑)

 

でも当時、マイケルが出した一番新しいアルバムだった『Dangerous』を聞いていたら、本気ではまってしまいました。

その後、中2になってからクラスが変わってしまったその子のところに行き、謝罪をし、「私もマイケルが好きになったから、また一緒にレコード店とかまわれたらうれしいな」みたいなことを言ったのですが、

 

「私、もうマイケルとか興味ないから真顔

 

と冷たくあしらわれてしまいました無気力

 

そう、人生には取返しのつかないことってあるんですよね。

今でも後悔しています。

 

さて、1990年代半ば当時のマイケルと言えば、少年愛、性的虐待疑惑、ピーターパン症候群、整形による顔面崩壊、口パクばかりでもう歌えないなどと、さんざんなイメージでした。

そんな中、マイケルファンになってしまった私。孤立無援どころか、気分は隠れキリシタンでした。

 

「マイケルが好き」なんて言おうものなら、言葉による袋叩きです。

「え、なんで?どこがいいの?犯罪者だよ?整形してるし、きもくない?」みたいなのがデフォルト。

 

そもそも、こちらから何も言わなくても、朝のニュース番組で見てきたマイケルのゴシップなどが学校でも話題になる。

 

同級生だけでなく、大人もそうだった。

テラサワっていう数学の男の若い先生がいたんだけど、授業中に「虐待したんでしょ、なんでそんな人のこと好きなの?」と言われたときは、切々と、訴えた子どもの親がお金目当てで子どもに嘘の証言を強要したということも判明しているんだとか言って必死に擁護したっけ。

 

でも、めげずにマイケル道を貫きました。

学校のカバンに修正液で落書きするのが流行っていたけれど、私は「King of Pop  MJ」って書いてた(笑)

プリンスも好きだったので、プリンスという名前の代わりに使われていたあのマークも一緒に。

 

 

 

親からは特に何も言われず。

でも、私がマイケルのビデオ(正真正銘のビデオテープです)を熱心に見ていると、父親が「大の男の大人が公衆の面前で股間をつかむなんて普通はできないことよ」って大真面目で言ってきたのは覚えています。そりゃそうだ(笑)

 

マイケル像が東京ドームにやってきたときは、私と弟を連れて除幕式?に連れていってくれました。

『HIStory』のアルバムのプロモーションで、こういう像が東京ドーム前に一定期間お目見えしていました。

 

 

 

集まっていたのは私たち家族3人の他に20名程度と少なめ。

マイケル自身が登場するわけではないのでね。

テレビ局の人たちが「幕が取り除かれたら、わーっとマイケル像に向かって走ってください!」と指示がありました(笑)

 

東京ドームでのライブに一緒に行ったのも父親です。

その当時、一緒に行ってくれる友達がいなかったので…。

私が踊り狂いながら「Michael, I LOVE YOU !!」と絶叫している隣で、終始静かに着席しておりました。

 

あと、マイケルの思い出と言えば、弟の結婚式。

一度退場するとき、私が付き添ったのですが、私のためにマイケルの曲をBGMで流すと言っていたのでどの曲になるかと思いきや、「You Are Not Alone」でした。

「一人じゃないよ。僕はそばにいる。どんなに離れていても、君は僕の心の中にいる♪」って(笑)

どんなシスコンだよって思われそうな選曲笑い泣きでもうれしかったな。

 

今、空前絶後のマイケルフィーバー再来をもたらしている映画『マイケル』。

死後直後も再評価されていたけど、SNSの影響もあって盛り上がり方がすごい。

 

私は先週、見に行きました。

マイケルTシャツを着用。最近クセ活中なので、ウェッティーなカーリーヘアにしてマイケルを意識したハーフアップ。

もちろん、依然として一緒に見に行けるような友達はいないので、おひとりさまです。

 

 

 

根が小心者なので、新宿についたら、マイケルTを着ているのがなんだか恥ずかしくなってしまいましたアセアセ

近所なら全然OKなんだけど…。

 

映画はマイケルのガチファンなので、思うところ言いたいところは山ほどあったけど、でも冒頭から最後まで、ずっと泣き通しでした。タオルちゃんと持って行ってよかったです。終始、爆音なのでどんなに鼻をすすっても迷惑かからなかったのもよかったです。

 

マイケルの音楽とライブを、マイケルの人生の再現ドラマの中で体感するという感じで、リアルマイケルをよく知らない若い世代が見たら本物はどうなんだろうって確かめたくなるだろうし、マイケルをリアルタイムで知っていた世代でもそういえばマイケルってどんなだったっけと、あらためて振り返りたくなるような作りになっていたと思います。

 

思うところ言いたいところはnoteの方に書いているけれど、一点だけ要望を言わせてもらうと、せっかく映画なんだから残っているマイケルの映像(インタヴューやドキュメンタリー、ライブやリハなど)には映っていないような、私的なシーン、マイケルの内面、心象風景のようなものを表現できたらおもしろかったんじゃないかなぁと。

なんというか、カメラはマイケルの人生をたどっていくわけだけど、マイケルと距離がある。で、その距離は本物のマイケルの映像を見るときのあまりかわらない。だから、映画体験として、マイケルについて知り得ることはあるけれど、マイケルというキャラクターに自分を重ねたり、マイケルになったかのような感覚というのはなかったと思う。

でも映画ってあたかも自分が主人公になったかのような感覚を、束の間味わえるような没入感のあるメディアのはず。

 

映画公開もあり、SNSで感想やマイケル論が飛び交っているので、いつもよりマイケルについてたくさん考えた命日でした。

 

最後までお読みくださり、ありがとうございました気づき