オイラは真言密教退魔師の末裔としては非常に微力乍ら、生き方の「教え」としては、「空海」の影響下にあった。
この國で生活する上で大事な事を説いている素晴らしい方の一人として認識を持ち、数多の常識、慣習、しきたり、理は勿論の事、小さな喩えですら感嘆し感謝して生きて来たと自負している。ま、仏門に入ったわけじゃないので常に未だ未だ足りないとは思いつつも。
その上で、未だに以って常に人には基本的に上下左右は無いのだと、その考え方は基本中の基本であると考えている。にも関わらず、極小な場面で、所謂「マウント」を取ろうとする人間が居るので寂しいなぁと思う場面がある次第。
皆で宴を楽しんでいる時に、杯を酌み交わす時に、グラスを打ち合わす際に、打つかるマサにその時に、自分のグラスをグイと高く出して打つようにやる者がいる。ほんの些細な事なのだが、その行為を何の為にやっているのか。儒教文化圏なのか?気にしなきゃいいのだろうが、何かにつけて毎度毎回同じぐらい意味アリげにやってくるので、ちょっと吐き出したくなってしまったので書いちゃったデカいモノローグと思し召せ。
結局気にしてんじゃん。
オイラもまだまだ小さいなぁ。と、思いつつ。
歩いてたら知らない人に抜かされたから歩調を速めて抜き返して、また抜かされて、みたいなのが、ちょっと前にコマーシャルで見たことある。「あるある」の一つなのかなぁ。承認欲求行為の一つなのかなぁ。可哀だなぁと思ってしまう。放っておきゃいい事なんだけど、つい。