男女の方程式は苦手だった?アインシュタインの手紙が競売へ | Chou-Chou et Noir

男女の方程式は苦手だった?アインシュタインの手紙が競売へ

上矢印

アルバート・アインシュタインの肖像写真

(1950年撮影)。

(c)AFP

 

2017年06月26日 23:44 

発信地:ロンドン/英国

 

【6月26日 AFP】相対性理論を唱えた男も、男女関係となると

確固たる根拠をもてなかった──物理学者として天才だった

アルバート・アインシュタイン(Albert Einstein)が

「結婚の方程式」を理解できなかった様子が、

競売大手クリスティーズ(Christie’s)のオークションに出品

される親友に宛てた手紙から、垣間見ることができる。

 アインシュタインの生涯の友人だった

ミシェル・ベッソ(Michele Besso)氏が亡くなった直後、

アインシュタインはベッソ氏の遺族に宛てた手紙で

「人として彼を最も尊敬していた点は、彼がたいへん平和に長生き

したこと、そして伴侶との関係が長年持ちこたえたことだ

──私が哀れにも人生で2度失敗した事業だ」

と記している。

 手紙の最後の段落では

「今また彼は少しばかり私に先んじて、この奇妙な世界を去って

いった」

と親友への思いを綴っている。

さらに

「これは大したことではない。我々のように物理学に信を置く者に

とって、過去、現在、未来の間の別離とは、誰もが認める強固な

幻想という意義しかもたない」

と書いている。

日付は1955年3月21日となっており、この数週間後に

アインシュタイン自身も亡くなっている。

 ベッソ氏は1890年代、2人がまだスイス・チューリヒ(Zurich)で

学生だった頃からのアインシュタインの親友で、アインシュタインが

最初の妻ミレバ(Mileva)との結婚に問題を抱えていた間も彼を

支えた。

アインシュタインは1914年にミレバと別居し、1919年に離婚。その後、

いとこのエルザ(Elsa)と結婚する。

 7月6日~13日にかけてオークションに出品される56点の手紙は

50年分に及び、学問的な内容から私生活についてまで、さまざまな

事柄が記されている。

中にはドイツにおけるアドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler)の台頭に

ついて言及した手紙もある。

 ナチス・ドイツ(Nazis)が政権を掌握した後、アインシュタインは

1933年にドイツの市民権を放棄。

1940年に米国の市民権を取得し、

米ニュージャージー(New Jersey)州

プリンストン(Princeton)で76歳で亡くなっている。

(c)AFP

 

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