アースデーはいつ?
Photograph by ROMEO GACAD/AFP/Getty Images
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for National Geographic News
◆アースデイはいつ?
本来なら毎日がアースデイであるべきだが、
一般的には4月22日にイベントが開催される。
ではなぜその日なのだろうか。
EDN代表のキャサリン・ロジャース氏によると、
第1回のアースデイとして 1970年4月22日が
選ばれたのは、その日が水曜日であったことが
理由の1つだという。
全米で開催される環境問題の集会に多くの人
を集めるには、水曜日が最適だと考えられた
からだ。
「結果は目論みどおりだった。水曜日は誰もが
仕事に出ていて、その帰りに集会に寄ってくれた」
と同氏は解説する。
実際、その初回のアースデイには全米で2000万人
以上が参加したと推定されている。
アースデイはいまや、世界180カ国で毎年10億人
以上が参加する大規模なイベントに発展している。
◆市民の怒りとある政治家の苛立ち
アースデイの原点は1960年代の活動にある。
ロジャース氏によると、当時の環境は明らかな
崩壊を見せていて、人々の心も荒んでいたという。
「とにかく通勤時間帯の大気汚染がひどかった。
一部の都市では、通りの向こう側がかすんで
見えないなんてことも珍しくなかった」と、同氏は
当時を振り返った。
しかしそのようなひどい有様でも、アメリカ政府
の政治課題に環境問題は盛り込まれていなかった。
状況を憂慮したウィスコンシン州選出の上院議員
ゲイロード・ネルソン氏は1960年代を通じて環境
問題に取り組んだが、どの活動も成果が出ること
はなかった。
◆アースデイの誕生
1969年にネルソン氏は新たな環境活動のアイ
デアを思い付いたが、それはベトナム戦争当時に
反戦をテーマとして行われていた
“ティーチ・イン(teach-in)”をモデルとしていた。
ティーチ・インとは、大学などで演説や討論を行う
活動のことである。
「最初から大きな反響があった。全米から電報、
手紙、電話で問い合わせが殺到した」と、2005年
7月に89才で死去する直前、ネルソン氏はエッセイ
の中で述べている。
「ついには討論会が開かれるようになり、アメリカ人
が陸や川、湖、空気に起きている問題について
懸念を表明するようになった。とにかくすごい活気
だった」。
同氏は1970年4月22日にティーチ・インを開催したが、
そのまとめ役に選んだのが活動家のデニス・ヘイズ氏
である。この日の催しはいまでも、現在まで続く環境
保護運動の原点として語られることがある。
そして1970年内にアメリカ環境保護庁(EPA)が設立
され、空気や水の浄化を目指す取り組みは政治的な
問題としても扱われるようになったのである。
◆その後の歩み
ワシントンD.C.
にある世界資源研究所のエイミー・
カッサラ氏は、地球環境の世界的な傾向を次のように
分析している。「アースデイが始まってから、小事と
して扱われていた環境問題が大きな関心事となった。
いまや、アメリカ人の80%が自らを環境保護論者と
評している」。
アースデイのイベントでは公園の清掃や植樹活動
が行われているが、アースデイ・ネットワークは1日
限りのイベントから長期的な取り組みへとアースデイ
を発展させようとしている。
「植樹といっても木を植えるだけでは意味がない。
その後も長期的に手入れをしていかなければ木は
育たない」と、前出のロジャース氏は指摘する。
アースデイ・ネットワークは、いまや世界中の多くの
学校と連係し、環境要素のあるプロジェクトを1つに
まとめ上げ、通年の活動計画を確立しようとしている。
「その成果が今年のアースデイに発表されれば、
以後は一瞬一瞬がアースデイとなる」とロジャース氏
は言う。
カッサラ氏が所属する世界資源研究所は、アース
デイを利用して環境活動のリーダーたちを招集し、
活動の進捗状況を評価しているという。
「アースデイといっても、かつてのようには一般の意識
を高めることはできない。
とはいえ、実際に活動を行っている私たちの意思を
統一するという役を担っている」と、カッサラ氏は
アースデイを評価した。
Photograph by ROMEO GACAD/AFP/Getty Images
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