パ:はい。結果その長宗我部元親による四国の平定というものはですね膠着状態から抜け出して進展を見せたのでしょうか?

 

野:はい、あの一定程度の進展は見せますが、これまで土左物語などを根拠に言われていた完全に四国が平定できたかどうかという事に関してはですね、最近色々な論文なんかも出ておりまして、残念ながら温泉郡、道後温泉で有名な道後温泉を中心としたエリアの河野氏は最後まで降伏しなかったんではないかという説が出ておりますのと、阿波と讃岐にも2ヶ所完全平定出来ていないんではないかというところがですね、指摘されておりますので平定したと完全に言い切ることは出来ません。

 

パ:はい。元親実際にその四国を掌握する中で、どんな風な負の側面といったら何ですが、が知られているんでしょうか?

 

野:確かにあの、この元親による四国攻めの話をする際に、私たち土佐人にとってですね、気をつけなければいけないことがいくつかあるんですね。

いまお聞きの方も徳島県あるいは香川県、愛媛県この3県に行かれた時におてらさんあるいは神社なんかおまいりしたときにね、元親によってとか土佐兵の侵入により寺や神社が全部丸焼けになったとか、あるいは寺の宝を略奪されたなんてね、立て看板があるのを見たことがあると思うんですよ。

 

それでなんとなく肩身の狭い思いをしたなんかですね。

私自身もそういった四国の3県に行って、土佐から来た人間に何も話すことはない、帰れと非常に強い調子で怒られたりしたことがありまして、四百数十年たった今もやはり土佐から侵略があったということ、そういう見方をしている地域が四国の随所にありますから、これは私たちが真摯に受け止めなければいけない部分はあるのですが、ただやはり誇張あるいは間違いもあるわけなんです。

やはり宗教に対しては一定の教養それからそういったものを守ってきた自負があります。当然阿波、讃岐、伊予の真言宗寺院も大事にする。これ当たり前のことなんで、全て元親が焼き払ったとかこれはあまりにも誇張表現でして、正確にはやはり戦の過程で、例えば敵がそういったところに逃げ込んだあるいは自分の軍がそこで野営をしていてあやまって出火してしまったそういったことも念頭においておかなければなりませんから、十把一絡げに意図的に火を放って焼き払ったと言うにはちょっと言い過ぎだと思います。

 

 

ここで文字起こしは別の者に変わります。

お付き合いいただきありがとうございました!(A)