追記→バズった!感謝!! | ちょうさんの 「双極症」(双極性障害、躁うつ病)と歩んで…おまけに糖尿病

追記→バズった!感謝!!

この記事に、

アメーバブログに引っ越してきて以来、最高の数のいいね!をいただいた。

感謝!

たぶん多くの方が、「裸の手話辞典」にアクセスしたのではないかと想像する。

それを契機として、真面目な手話に興味を持ってくださることを願う次第である。


NHK「みんなの手話」

Wikipediaによると、放送開始は1990年(平成2年) 4月2日とのことだが、私は、前年の1989年(平成元年)ではなかったかと記憶している。

同年に、手話通訳士試験が開始された。とも記憶しているが、思い違いかもしれない。

私は、平成5年に手話通訳士試験を受験した。筆記試験はその年、平成5年に合格した。続いて行われた実技試験は不合格だった。その次の年、平成6年には筆記試験は不要で、実技試験のみ受けたがまた不合格。さらにその次の年、平成7年に再び実技試験不合格となり、断念した。


このように、当時は筆記試験を1回合格すれば、計3回の実技試験受験資格が得られた。

想像だが、当時は手話通訳の技術が、一定のレベルに足したと認められる人数が、少なかったのではないだろうか。


実技試験の際は、上下ともに黒い服が理想とされていた。特別の規定があるわけではないが、手の動きが、はっきりとカメラに収められるようにするためである。

実技試験では、ほぼ全員が黒い服であり、まるでお葬式のようであった。

中に、そのことを知らずに他の色で受験しようとしていた人が1人だけおり、他の受験者から、ひどく非難されていたことを今でも覚えている。


時代は流れても、例えばオリンピックの手話通訳も黒い服だった。


オリンピック開会式の放送画面に、手話通訳が出ていなかった事は、記憶に新しい。

NHKはもちろん他の放送局も、娯楽番組を放送するのみならず、国民にとって必要な情報を提供していることを業務としている以上、すべての国民に対して、情報保障を行うよう、一層の努力を望む。