今日、稽留流産の手術をした。
まさか自分の身に起こるなんて。
長男の葵は今年の夏で8歳。
二人目を考えたことは何回か。
でもそんなことより、この長い時間、私たち夫婦には本当に色々なことがあった。
ようやく互いに第二子を望むようになって間もなく、新型コロナウイルスが日本で広がり始めた。
まさか自分の身に起こるなんて。
長男の葵は今年の夏で8歳。
二人目を考えたことは何回か。
でもそんなことより、この長い時間、私たち夫婦には本当に色々なことがあった。
ようやく互いに第二子を望むようになって間もなく、新型コロナウイルスが日本で広がり始めた。
感染リスクなどを考え、一旦お休みにしようねと夫婦で話して数日のこと、妊娠が発覚。
このタイミングで…。
最初こそ複雑な思いの中私は動揺してしまったけれど、夫の喜ぶ顔を見たら、こんな世の中でもやって来た新しい命に幸せや希望を感じられた。
産婦人科へ。
先生から、自分が思っていた週数より赤ちゃんは小さく「妊娠6週」と伝えられる。
月経がずれたのだろうと言われたけれど、それまで毎月一日も遅れることなく来ていた生理。なんとなく納得できなかった。
今思えば、サインだったのかもしれない。
それでもこの日、心拍が確認でき、出産予定日が12月に決まった。
妊娠報告。
安定期に入ったらという頭より先に、コロナでまず誰とも会って話すことができないし、ニュースなどで院内感染や母子感染が騒がれる中、却って心配させてしまうかもしれないと、しばらく身内へも報告は控えるつもりでいた。
ところが、外出自粛で安易に気を紛らわすこともできず、ひたすら酷い悪阻と向き合う日々で、私はマタニティブルーに。
そして夫の前で不安と涙が大爆発してしまう日があり、ついに私は母に電話をかけた。
二人目。
今回は里帰りせず、できるだけ家から近く、個室がある産院を探し、すぐに分娩予約を済ませた。
あまりに体調が悪い日は一日の殆どをベッドで寝てやり過ごしたりして、夫に協力してもらいながら、なんとか妊娠3ヶ月に入り、再び健診へ向かった。
この日、エコーで見た小さな袋の中は、空っぽに見えた。
ここで赤ちゃんが既に7週の大きさで成長が止まっていて、心音がないことがわかった。
赤ちゃんがダメだったことの悲しみ以上に、あとで迎えに来る夫に何て言おうか、とか、妊娠を知らせた時の母の弾んだ声を思い出すと、泣けてしょうがなかった…。
原因はあなたではない。元々生きることが難しかった命。
一人産んでいるんだからまた妊娠できるよと先生の言葉に慰められ、そのあと待合室でお母さんに抱かれた赤ちゃんを見ても、ただただ可愛く、また抱っこしたいなぁ~と思える自分がいて、大丈夫だと思えた。
まだ妊娠初期だったこと、そして私たちには葵がいるということも大きな救いだった。
こんなこともあるんだねぇ~。悪阻は赤ちゃんが元気な証拠!とは限らないんだね~などと、どこか他人事のように話したりもして。
手術日を迎える前には気持ちを切り替えることが出来ていた。手術は麻酔で少し眠っている間に終わる簡単なものだと聞いていたので、それほど緊張しているつもりはなかったのに、前の晩はなかなか寝付けず、何度も目が覚め熟睡出来ずに朝を迎えた。
手術室に入るとテキパキと血圧測定、心電図、点滴などの準備が進められ、ボヤ~っとした意識のまますぐに手術が始まった。
たぶん、麻酔が弱かったのだと思う。終始子宮の中を細い器具で引っ掻くような痛みを感じていた。
処置自体は10分もかからなかったと思う。
直後は出血と鈍い下腹部の痛みに冷や汗が出たが、それも少しずつ落ち着き、横になったベッドでは結局眠くもならず、1時間ほど休んで再診後病院を出た。
精神的なこと、時間、お金…結果たくさんの労力を削ることになり、これが私の人生に何の意味があって訪れたことだったのか、今はどうしてもわからない。
でも、一度来てくれた命に感謝して、また自分らしく生きるしかない。
ただ忘れないように、またいつでもこの経験や感じた気持ちを振り返ることができるように、苦手な文章を恐ろしいほどの時間をかけて綴っている。
今はコロナが収束するまで次の妊娠は考えられない。このまま3人家族でも十分幸せだから、予定は立てず、あとはこれからの気持ちに預ければいいと思う。
前を向いて。
いつも通り。
目の前の大事な人や物をたくさん愛しながら、ふわ~っと。

