健康保険証の裏にある、
臓器提供意思表示の欄

これ、書いておこう!って
今日突然そんな気になりました。

昔、若い頃に
臓器提供カードを自分で書いてから
家族署名欄に署名してよって
父親に言ったら、
断られたことがあります。
ちょっとケンカみたいになって、
もーいーわ。って
多分そのまま終わりました。

そのとき以来。

臓器提供について
何年ぶりかに考えました。。



今は自分も親になりました。

改めて考えるけど、
あのときの父親と私は
やっぱり考え方が違うみたい。。


愛おしい子どもたちに
もし、万が一のことあったら・・・
そんなん考えたくないけど、
やんちゃ盛りの子どもたちなので
実は毎日どこかで
ヒヤッとしたり
最悪の瞬間想像して
ゾッとしたりする場面て、
あるし。。。
もし、愛おしい子どもたちに
万が一のことがあったら・・・
うちの子の一部を
どこかの誰かに、提供してもいいかもしれない。
そりゃ、その時になってみないと、
わからないけど。
それでも今は、そう思ってます。
一部だけでも
この世界のどこかに
できるだけ長く存在し続けてほしい。
同じ世界で生きたい。


だから、、、、、

はい。
ほんとに言いたいことは、ここからです。

もしも、自分に何かが、あった場合。

もし役に立てる可能性があるのなら、
私の身体の全てを提供していい。

きっと、
未成年の子どもたちは、
私が逃げてきた夫のもとに
引き取られるでしょう。

子どもさえ産めば
おまえはいらないって言ったあの家で、
子どもたちは育てられて、
いつか私のことも忘れるかもしれない。

それでも
私の身体の全ては
子どもたちのこと忘れない。

お願いします
1日でも1秒でも長く
あの子たちと同じ世界で
存在し続けていたい。
どんな姿で
だれの人生の一部になるとしても。

子どもたちに
会えることはなくても。

それが、
誰かの大切なひとの一部となり
誰かの大切なひとを生かすことになるのなら
きっとその誰かの幸せが、
いつか私の寂しい心も満たしてくれます。

子どもたちと同じ世界に存在し続けたいだけ。
ほんとにほんとはそれだけなんですが。

心は狭くて、
善人でもないし、
子どもと生命に執着してるだけ。

母親としての働きも満足ではなく、
こんな私なんかが母親じゃなければ
子どもたちはきっともっと幸せなのに。って
そんなこと考えてしまって、
それにすら毎晩のように自己嫌悪で泣きます。
愛に溢れた素敵な母親なんかじゃないし、
怒ってばっかりの、
ほんとにほんとにどうしようもない母親。