夕べへんな時間に目が覚めたらその後寝付けませんでした。
すごい寝不足。。。
今日も暑いのに大丈夫なんだろうか私。
なんて言いながら本日のチョイス和食定食をきれいさっぱり平らげて、荷物になるお土産を宅急便で送ったらさあ今日も出発です!
まず目指すは新薬師寺!
近くまで行くバスもあるけど、途中の浮見堂も見たいのでとりあえず歩いて出発です。
浮見堂へ行くには春日大社の一の鳥居脇(本当にすぐ脇)を斜めに入っていく階段を上がります。
短い階段上がって歩き出すとすぐに江戸三という旅館の離れが見えてきます。
この江戸三、宿泊は全室離れ形式です。
楽しそうだけど夜怖いかも・・・。
右に左に江戸三の離れを見ながら道なりに(道しるべもあるし)歩いていけば嫌でも浮見堂に出ます。
うーん。思ってたほど・・・。
橋が新しいのもなぁ・・・・・・・・・。
それにやっぱり浮見堂は桜か雪の季節が風情があっていいですね。
ってことで写真撮ったらスルーして先に進みます。
この先は普通の住宅地の中を歩いて行くのでちょっと不安です。
「道しるべはあるけど小さくて見落とすかも・・・」というあるブロガーさんのお言葉を心に刻み込み、周囲に注意を怠らず歩きます。
迷わずに到着しました。志賀直哉旧居。
開いてねーよ!
入館できるのが9時半かららしいのですが、ほんの少しだけ早かったようです。
でも、通り道にあるから「じゃ、寄ってみる?」って感じで、個人的には特に興味もないしクソ暑い中待つのも嫌なのでまたもや写真撮ったらスルーです。
居合わせたおばちゃん二人連れは待つみたいだけど、私は先に行かせてもらうよ
飲み物持たずに出てきたので、やっと見つけた自販機でお茶買ってテクテクテクテク歩きます。
少し広い通りに出たら「新薬師寺」の案内板があったけど、そっちへ曲がったらすぐ坂道!
発汗にゴリ押しだね。
やっと「あった!」と思ったら正面まで回らないと入れませんでした。
新薬師寺です。
門前はどこか補修でもするのか、職人さんが車をつけてて写真がとれませんでした。
新薬師寺は光明皇后が聖武天皇の病気平癒を祈願して建立したお寺で、創建当時は大寺院だったそうですが、建立からわずか33年後に落雷でほんどの建築物が焼失してしまったそうです。
「新薬師寺」は別に薬師寺の分院とか末寺とかいう意味ではなく、「霊験あらたかな薬師寺」というような意味らしいです。
西の京の薬師寺とは何の関係もありません。
写真は本堂(国宝)。
内部には本尊の薬師如来坐像(国宝)をぐるりと囲む形で十二神将像(像によって国宝だったり重文だったり)が安置されています。
珍しい配置ですよね。
さて、よく耳にする十二神将ですが、十二神将とは薬師如来および薬師経を信仰する者を守護する武神で、伐折羅・宮毘羅・迷企羅・安底羅・珊底羅・頞儞羅・波夷羅・因達羅・摩虎羅・真達羅・招杜羅・毘羯羅の12体です。
これとよく混同するの安倍晴明が式神にしたという騰虵・朱雀・六合・勾陳・青竜・貴人・天后・大陰・玄武・大裳・白虎・天空。
ひとつの呼び名として十二神将でも良しとされているけど、厳密に言えばこちらは「十二天将」というのが正しいようですね。
でもかなり古い時代から神将と天将ごっちゃで呼ばれていたらしいです。
まあ分かればどっちでもいいじゃないか、と。
右には鐘楼(重文)。
左には地蔵堂(重文)。
地蔵堂の手前に東大寺のお坊さんか何かの石塔があったんだけど写真撮り忘れたみたい。。。
そう、新薬師寺は東大寺と同じ華厳宗のお寺です。
そして、ここにも石仏がいっぱい。
昨日からなんだかなー。
これで全部です。ね、小さいお寺でしょう?
本堂の十二神将像はかなり見ごたえがあるんだけど、撮影禁止ですもんね。
ご朱印もきっちりいただきました。
新薬師寺のすぐ隣にあった神社です。
「南都鏡神社」だそうです。
本殿を春日大社から移築したようですね。
奥が本殿。拝殿の屋根が邪魔でよく分かりませんね。
暑いしちゃっちゃと次へ進みます。











