ホテルでお昼とシャワーを済ませた後、少し部屋でのんびりして16時ころ再度お出かけ。
わき道から「ならまち」や「猿沢の池」方面へ出られるので、てくてく歩いてならまち方面へ。
着いたのは元興寺。
写真は東門(重文)。寺院の正門は通常南門(南大門)ですが、元興寺の正門はこの東門。
というより、既にほかに門がない・・・。
蘇我馬子が飛鳥に建立した日本最古の寺院「法興寺」がその前進で、平城京遷都に伴って法興寺も移転して元興寺となり、また元の法興寺もそのまま飛鳥に残って現在の飛鳥寺となりました。
南都七大寺のひとつで、現在のならまち界隈一帯のほとんどがこの元興寺の境内だったという大寺院でしたがその後衰退したそうです。
現在はそれほど広いお寺ではありませんが、古都奈良の文化財の一部として世界遺産に登録されています。
平安後期くらいから衰退が始まり、室町時代の土一揆のあおりで寺院は炎上。
このころに元興寺は「智光曼荼羅」を祀る極楽院(私が行った元興寺)、五重塔を中心とする「元興寺観音堂」と「小塔院」の3つのお寺に分裂してまったそうです。
現在では「元興寺観音堂」はずっと後の時代に建てられた小堂と五重塔跡があるだけ。
「小塔院」は虚空菩薩仮堂と供養塔があるだけとか。
本堂(国宝)。
創建時の本堂は火災で焼失してしまい、現在の本堂は鎌倉時代に僧房を改造したものだそうです。
元は僧房とはいえ、仏教の堂宇は正面に柱が来ないようにするのが普通なので、正面中央に柱のある形式は珍しいそうです。また、正面から見て屋根が三角に見える建て方も珍しいものです。
この本堂、東向きに建っているためこの時間だとどう頑張っても逆光です。
それに太刀打ちできる腕もカメラもないので・・・。まあ後光とでも
この元興寺極楽房は明治時代頃にはすさまじい荒れようで、国宝の本堂でさえ床は落ち屋根は破れてひどい有様だったそうです。
本堂わきの収蔵庫2Fにその時代の本堂の写真がありますが、本堂が倒れないように何本もつっかえ棒がされ、本当に胸が痛くなるほどの荒れようです。
あまりの荒れ寺ぶりに「化け物が出る」なんて言われちゃってたそうです。
今は古さを感じるだけで荒れたりはしていませんが、本堂に上がろうと靴を脱いでいたときに突然すごい強風が吹いてちょっと怖かったっす
だって今日は朝から特に風が強かったわけでもないし、あんな風後にも先にもこのとき一回こっきりでしたから・・・。
本堂わきの石仏、石塔たち。
本堂わきから奥の禅室裏の方まで数え切れないくらいの石仏が並んでいます。
ほかにも参拝客がいたので何てことありませんでしたが、一人だったら怖かったかも・・・。
ね、ひとりだったら怖いよね。。。
咲いてたお花は可愛いんだけどね。
禅室奥まで行って振り返れば行基葺きのみごとな瓦。
この瓦には一部飛鳥~奈良時代のものが使われているそうです。
ぐるりと回って禅室(国宝)正面。
最後にご朱印いただいて終了。
拝観時間が17時までだったからちょっと気がせいた感もあるけど、見るべきところは全部ちゃんと見られました。











