磨りガラス越しに見てもイイ女であることがわかった。
店に入ると、女はひとりカウンター席の真ん中に座り、ラムベースのカクテルを飲んでいた。
オレはそこから二つ空けた席に座った。
ミントの香りが微かに感じる距離だ。
何も言わずともバーテンダーはいつものドリンクを作り、オレに差し出した。
店内には静かにスタンダードジャズが流れている。
女とバーテンダーに会話はない。
むろん、オレも言葉は発しなかった。
マックス・ピカート はこう言った。
「もしも言葉に沈黙の背景がなければ、言葉は深さを失ってしまうであろう」と。
女はラムのカクテルを飲み干すと、バーテンダーに次のドリンクを頼んだ。
同じくショートグラスに注がれたそれは「キッス・オブ・ファイア」というカクテルだった。
女はグラスを受け取ると、それをオレに差し出してきた。
飲めと言うのか?
それとも単に乾杯か?
オレは自分のグラスを女のグラスに軽く当て、また黙ってスマホの画面に目を戻した。
女の飲むカクテルは、女の口紅の色と同じだった。
一瞬近寄った女の匂いは南国のフルーツの香りに似ていた。
バーテンダーはカウンターの端でグラスを磨いている。
オレは女に検索したスマホの画面を見せて言った。
「僕が持ってる一番大きいゴジラのフィギュア、40万円の値が付いてるんだぜ!」
キッス・オブ・ファイア、
情熱のカクテル。