そんなやつは地面も車もビルも石もゲンコツもすべてがスポンジのように柔らかい安全な世界でぬくぬくと暮らしたらいい。
昨夜、差し入れでもらった「タピオカ」というドリンクを生まれて初めて飲んで、ラジオの生放送でその感想として、
「まるで、喫煙者が吐く朝いちの切れの良い痰みたいだ」
と言ったところ、各方面からメールやファックスで烈火のようなお叱りを受け、局への苦情の電話は鳴り止まず、
さらに、相方のロールくんが言った、
「専門店のやつは、もっと粒がデカいらしいっすよ」という情報に対し、
「じゃあ、それは葉巻を吸うジャイアント馬場の痰みたいなんだろうな」
と言ったところ、
これまた炎上。
局の前に街宣車は来るわ、カミソリ入りの手紙は送られて来るわ、靴は片方だけ隠されているわ、椅子に画鋲は置かれているわ、車のタイヤはパンクさせられているわ、玄関の鍵穴にアロンアルファー入れられているわ、頼んでもないピザが10枚届くわ、朝目覚めたら隣に知らない女が寝ているわで、
まあ、大変。
たしかに、夜8時~9時といえば、夕食中のリスナーもいるであろうし、そのため不快な思いもさせたかもしれない。
流行りもの好きタピオカファンの全女性陣を敵に回したかもしれない。
又、100歩譲って、僕の発言は食物、もしくはその製造者、生産者に対する冒涜だったのかもしれない。
うん、そこは素直に謝りたい。
申し訳ない。
ごめんなさい。
しかしながら、それはあくまでも、僕の個人的な感想である。
いや、もっと言うなら、僕の「表現」である。
僕がラジオで語ることは、それが食レポであろうが何であろうが、それはすべて表現だ。
又、表現がすべて万人にとって有益なことばかりとは限らない。
だからといって、想像してもらいたい、
「表現の自由」がない社会を。
皆が皆、当たり障りのないことしか言わない世の中を。
そして、同時に人には「選択の自由」もあるのだ。
嫌なものなら見なければいい、聞かなければいい、遠ざければいい、ラジオを消せばいい、テレビを消せばいい、チャンネルを変えればいい。
そんな簡単なこともできずに、あたかも自分が被害者であると、しかも匿名で訴えてくる人たちに、悪いけども僕は付き合っている暇はない。
尚、もちろん、こんな僕でも「観客論」は持って表現しているつもりだ。
ただし、それはプロレスでいうところの「手の合う相手」。
こっちにも選ぶ権利はあるということ。
※ 写真はあくまでもイメージです。
