ガシャン、ドンッ。
父と母の喧嘩を聞きながら、ようやく眠りにつこうとしていた、鈍く嫌な音に心臓が跳ね返る
時計は、深夜2時を少しまわったところ。
わたしは恐怖で動けず、そっと襖の隙間から居間を覗き込んだ。
お母さんが、顔面をタオルで強く押さえている。
みるみるうちに、そのタオルが生々しい赤色に染まっていく。
「お母さん、どうしたの? 大丈夫?」
すぐに駆け寄りたいのに、足がすくんで動けない。
「いいから、寝なさい! お父さんに見つかって、また何されるかわからないよ!」
翌朝、目が覚めてすぐに母の元へ向かった。顔面は赤紫に大きく腫れ上がり、鼻が横に曲がっていた。
その日は学校を休み、病院へ付き添った。
病院に着くと、お母さんはすぐに処置室へ。
わたしは待合室の長椅子にぽつんと座った。
しばらくして、看護師さんが駆け寄ってきて、そっと尋ねた。
「お母さん、どうしたの? 先生がね、あなたに聞いてきてって言ってるの」
「きのう、転びました。わ、わたし、見ていました。」
声は震えてうまく出なかった
病院へ向かう車の中で、お母さんに言われた通りに答えるしかなかったのだ。
「転んだって言いなさいよ。余計なことは、絶対喋っちゃだめだからね。」
母に一緒に着いてきて、なんて言われてうれしかったけれど、わたしに嘘の説明をしてほしかったんですね。
当時、わたしは小学3年生。
わたしに無関心な母親と、酒乱の父親。
そんなわたしの唯一の憩いの場は、親戚の叔父と叔母の家だった。
学校から帰ると、迷わず叔父と叔母の家へ向かう。
「おばちゃん、ただいまぁ!」
「おかえり、さーちゃん。お腹空いたでしょ。」
叔母はいつもそう言って、蒸したさつまいもと、急須から注いだ熱いお茶を出してくれる。
「お腹いっぱいに食べていきなさいね。」
夜ごはんを気にしなくていいようにと、おにぎりまで作って、机の上に置いてくれる。
「おいしいっ。」
この場所が好きだった。
恐怖を感じず、心から「おいしい」って言える。それだけで、わたしにとってはすべてが救われるような場所でした。

