病む自分ができたわけ | アダルトチルドレンと共に生きる

アダルトチルドレンと共に生きる

ここまでの自分の生きづらさがアダルトチルドレンだと気づいた時の衝撃。
今までの全てが腑に落ちた瞬間でした。
わたしの場合を記していけたらと思い過去と向き合います。


アダルトチルドレン
HSP


わたしは今日まで母と言い合いすらした事がありません(記憶の中では)
中高生の頃に数回、あまりにも腹が立って
無言で家を飛び出た事はあるけれど。
そもそも家の中は両親が喧嘩をする場所だったので、わたしの役目は喧嘩が酷くならないように真ん中に入る事と、両親個々の機嫌をとる事、喧嘩に発展しそうな原因を取り除く事(掃除など)あとは妹のケア。
なので、母とゆっくり話す事もなかったのです。こんな子ども時代を送ったら人間としての基礎はもちろん、まず人とのコミニュケーションの取り方がわかるはずがありません。人としての基礎がないのにもかかわらず、時がくれば容赦なく人間社会に溶け込まなければなりません。わからないなりに一生懸命に人と関わり、話して、だけど何がいけないのか、次がなかったり離れていかれる事が多かったです。この、離れていかれるのが死ぬほど嫌で、これを繰り返すことで心に闇が溜まっていってしまう。なるほど、こうして今のわたしが出来上がっていたんだ。辛いわけです。父も母もとにかく世間体を気にしたので、わたしは自分の辛さなんて人には絶対に言えなかったのです。
反抗期もなく大人になって、自分はすごいなんて思っていたけれど、それは自分の心の毒を吐き出す事が出来なかっただけだったんですねしかも、ずいぶんと長い間溜めていたんだなと恐れ慄いてしまいます。
死ぬまでに気づけてよかったなと思う。
この慢性化した心の風邪(風邪なのか?)は、薬1つじゃ治せなさそうだけど、幼き頃に母にして欲しかったあれやこれを自分が自分にしていってあげることが、少しでも自分を癒す薬になりそうです。










たくさんあり過ぎて、また病みそうです
甘いチョコレートで自分を癒そうと思います愛