ふと、亡くなった父のことを思い出したので、書いてみました。


私の父は、アルコール依存症。
感情の起伏も激しくて、母とはいつもケンカで、殴って家の壁に穴を開けるような父でした。

子供の私はいつも怖くて父の顔色ばかり見て育ちました。
いつ怒られるかわからないから。
今の夫と一緒。いつもビクビク。

土日は、部屋にこもり朝から夜まで飲酒。
私の高校生の時には、立派なアルコール依存症でした。

もう高校生だった私は、関わらないようにして、生きてきました。

それでも何回か兄弟3人でやめなよ〜とお願いしたりもしましたえーん

また父自身があまりにも具合が悪くなり(ご飯が食べられなくなります)、何度か自ら入院したりと紆余曲折ありましたが、やっぱり辞められませんでしたねえーん

でも、亡くなる少し前に、消化管出血で倒れることとなります。アルコールのためにバイトしていたバイト先で倒れて救急車🚑

お医者さんも、最初は輸血輸血って、熱心に診療してくださっていましたが、アルコール依存症と聞いた途端、あっそんなんだ、と治療終了。
保存的に見るために、少しの間入院しました。

退院後は、肝硬変もかなり進んでいたので、体がお酒を受けつけなくなり、飲酒できなくなりました。

それからは、月に1回ほど、通院のためなのですが、ドライブに行くことに。
病院行って帰りにはま寿司か、夢庵コース。
はじめてお父さんの若かりし頃の話を聞きました。

母と真ん中の弟と4人でドライブ。
神様がくれた、最後の時間だったのだな、と今では思います。半年ほどの短い時間でした。

父は、日本でのオリンピック開催が決まり、とても楽しみにしていました。
「オリンピックみれるかな〜」って。
好きなことばかりして生きてきた父が、死ぬことなんて、微塵も思っていなかった私たちは、
見れるでしょーって軽い返事。
ドラマ的に言ったらフラグ立っちゃってますよねえーん

その年の春、心筋梗塞で亡くなりました。
母の仕事に行ってる時間、1人で。
母が気づいた時には、冷たくなっていました。

最後まで、父らしくいなくなってしまいました。
最後のお別れも言わせずに。
そういえば寅さんすきだったなぁ〜爆笑
父の美学ですね。

父との優しい思い出は、ただ一つ。
母が一番下の子を産むために入院してしまい、小学3年の私は悲しくて泣いて眠れませんでした。
その時、手を握って一緒に寝てくれました。
それが唯一覚えている父との優しい思い出。

ずっと愛されていないと思って生きてきたけど、自分が親になった今、愛されていたんだな、と気づきますおねがい

不器用にしか生きられなかった父。
でもその偏屈で変わり者のところは、しっかり私が引き継いでますチュー
生きづらかったんだろうな〜。似てるから今ならよくわかる。
そして意外とロマンチストなところもね爆笑

どうぞ天国で見守っていてください。
もうすぐオリンピックも、はじまるからねウインク