先週、病院に行ってきた。
赤ちゃんの成長が止まってしまった…
今週末、手術をします。。。
名前を決めていた。男の子でも女の子でもイイような名前。
彼に話したらきっと泣いてしまうので、名前のコトは言わないコトにした。
私のお腹に顔をくっつけながら泣いた彼。2人で泣いた。
でも、仕方ない。赤ちゃんの成長は止まってしまった。
体調は回復してきている。気持ち悪さも無くなってきて、ご飯も食べれるようになってきた。
何と言っても、朝食を食べれるようになってきた。
匂いには相変わらず敏感で、タバコの匂いが気になる(ついこの前まで、自分でも吸ってたのに…)。
銀行や郵便局での匂いや、馴れない人の匂い。吐き気までは無いが、眉間にしわを寄せたくなる。
赤ちゃんの成長が止まったと共に、体がラクになるなんて…
ココロとカラダは、今、正直言ってツライ。
だけど、悲しむのも慈しむのも1人じゃない。
赤ちゃんは死んでしまったけど、会うことは出来ないけど、それでも毎晩お腹に手を当てて「おやすみ」って言う。彼も同じようにしてくれる。
「赤ちゃんが出来にくい。」と、言われても出来た。だけど、流産してしまった。私のお腹では成長できなかった。
強いストレスもあったと思う。私自身のストレスが、赤ちゃんに伝わってしまい、赤ちゃんは死んでしまったのかもしれない。可愛そうなことをしてしまった。。。
何人かの友達から「調子はどう?」と、連絡をもらう。ありがたい。
気にしてもらえるだけで、お腹の赤ちゃんも喜んでいると思う。どうか、友達の想いも、私達の想いも、赤ちゃんに伝わりますように。
ある方からメールを頂いた。
「ちょんさん、今はなんてお声をかけたらイイのか、言葉が見つかりません。ただ、この辛さは母親でなければわからないことです。辛い時、苦しい時、淋しい時、我慢せず思い切り声を出して泣いた方がイイですよ。大丈夫、お腹の赤ちゃんはきっとアナタの気持ちをわかってくれるから。泣くだけ泣いたら、月は背筋を伸ばして歩くようにしてごらん。落ち着いてオシャベリしたくなったらいつでもおいで。」
きっと私の気持ちをわかってくれる。
弱い体でゴメンネ。守ってあげれなくてゴメンネ。せっかく授かったのにね。一緒に過ごした時間、辛かったけど嬉しかった。いっぱい”ココに居るよ!”って、存在を感じさせてくれた。せっかく私のお腹の中に入ってくれたのに。私は、赤ちゃんを守ってあげることが出来なかった。
赤ちゃんが、死んでしまう瞬間がわかった月曜の午後。私はどうしても体が辛くて、仕事を早退してしまった。
部屋のベッドで眠っていると、お腹が脈を打ったみたいにドキドキドキドキした。多分、その瞬間に赤ちゃんは死んでしまったのだと思う。思わず手を当てて「逝かないで。。。」と、言ってた。しばらくその状態が繰り返し続き、いつの間にかまた眠ってしまった。翌朝まで眠って、毎朝あったはずの気持ち悪さが軽減していた。
少しの時間だったけど、愛しいと思えた。今も思っている。
母親でなければわからない痛みや悲しみ苦しみ、そして歓び。
それは、赤ちゃんを通して教えてもらったことだった。
そしてもう一つ。母親の愛情深さを知った。
「お前の気持ちはわかる!苦しい気持ちも、嬉しい気持ちも、産みたいと思うお前の気持ちもわかる!」と、泣いてくれた母。
私は母に「一緒に苦しんでくれてありがとう。」と、言った。母は目に涙をいっぱい溜めて「1人で抱え込んじゃダメだよ。」と、言った。
赤ちゃんには会えないけど、沢山のことを教えてもらって感謝してもしきれない。沢山のことを私に教えたくて、その為だけに宿ってくれたのかもしれない。守ってあげられなかったけど、何もしてあげれなかったけど、一瞬でも赤ちゃんの母親になれてよかった。
彼が泣きながら言ったコト。
彼「どうして出来ないと言われていたのに出来たんだろう?6年間出来なかったのに、今、出来た。…不思議で仕方ない。」
私「どうしてだろう…??わかんない。」
彼「お前が…俺のことを大事だと思ってくれているからかな。」
私「アナタは?」
彼「俺も思ってるから。だからかもしれないな。」
この後も蛇口をひねったかのように、2人でワンワン泣いた。
せっかく授かった赤ちゃんに会えなくなってしまった。
あまりの悲しみに、彼との別れも考えた。
また繰り返してしまわないように。同じ悲しみを与えないように。感じないように。
何より、一緒に居て、同じ悲しみを共有しなくてイイように。
だけど、私達は別れることが出来なかった。
付き合うことは簡単でも、別れるコトってムズカシイ。
想い合っている2人が離れるコトって、ムズカシイのかもしれない。
早くて来月から実家を出る。実家から車で30分くらい離れたトコで生活をする予定。
休日、母親と一緒に物件を見に行った。最大限離れてもココまでの距離!ってトコはなるべく避けたかったけど、結局、その物件になりそうだ。通勤に辛いけど、その部屋は日当たりがとても良くて、今すぐにでも真っ暗な穴に落ちそうな私には救いの手かもしれない。キッチンのシンクは狭いけど、カウンター式になっていて、明るい中で食事が出来そうだ。部屋もリビングの他に6畳の和室があるから2人でも狭くない。1人の日も、日当たりが良ければ気分が良いと思った。気持ちはほぼ固まっている。
通勤に30分かかるけど。冬は45分くらいかかりそうだけど。ウチの会社は8:00出勤で朝が早いけど。でも、家族も「いつでも遊びにおいで。泊まってもイイから。」と、言ってくれる。冬は度々厄介になりそうだ。
気分も一新。早くて来月から新生活がスタートする。まるで新社会人みたい。と、図々しいことを思ってみた再来週には27歳の独身女デス。ハイ。
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この週末はイロイロなことがあった。
先週の金曜にいとこが亡くなった。47歳だった。子供は高校生の男の子が2人。
事故死で、亡くなっている現場を見つけたのは次男だった。
次男の高校入学式の日、父親の葬式。
残された家族は悲しい、悔しい、やり切れない。だけど、それを一番に感じているのは亡くなった本人かも知れない。
長男は身内に「お前がしっかりしなきゃダメだぞ!」と、言われていたが、泣いている高校生の長男に今言わなくてもイイだろう…って思ったのは私だけだろうか。私はただ、長男と次男を抱きしめた。
次男が私の顔を見るなり、私の肩で泣いた。まだ16歳の肩は小さかった。
長男の背中を撫でた。18歳の背中は広く大きくなったけど、背負うモノはもっと大きく重いだろう。
私はなるべく泣かないようにした。
だって、多くの人が泣いているから。
遺体が病院から戻ってくる前に、新しい塩を用意して家の木戸から敷地内に蒔いた。亡くなった場所には盛り塩をした。
伯母さん(亡くなったいとこの母親)は、病院に通っていて、帰ってくるなり車から降りてこれなかった。お嫁さんに連れられて降りてきた時、お嫁さんに掛けていた言葉が忘れらんない。
「お前、出てかないでくれないか…?お前に出ていかれたら…私達はどうしたらイイのか…」
と、泣いていた。お嫁さんは
「出て行くワケないでしょ!ココに一緒に居させて。」
と、泣きながら答えていた。
この日は一日、ただただ悲しくて悲しくて。誰も何も出来なくて、ただ亡くなったいとこの側を誰もが離れようとしなかった。
翌日の土曜日。
私は友達の結婚式で、友人代表スピーチをさせてもらった。
友人は私の親戚でもあった。
いとこの死を知らなかった友人にかけた言葉は「どうか、今、隣にある命を感じて下さい。大切さ。尊さを感じて下さい。そしていつか産まれて来るであろう、2人の赤ちゃんにもそれを感じて欲しいデス。」と、言った。
友人の両親は、いとこの死を知っていたのか、スピーチ終了後、私のトコへ来て私を抱きしめながら「辛いことをさせたね…」と、泣いた。
両親への手紙。両親からのメッセージ。
楽しくて、素敵な結婚式だった。こんなめでたい席に呼んでもらって、スピーチまでさせてもらって、ありがたかった。良い結婚式だった。
そして、月曜。
いとこの葬儀が行われて、滞りなく全ての式は終わった。雨の葬儀だったけど、出棺の時は雨が止んで、火葬場に向かうときは晴れ間まで差した。火を入れて、私は外の煙突を見に行った。煙は高く真っ直ぐに伸びていた。帰りはまた雨が降った。戻ってからお昼ご飯を食べて、少し眠った。
昨夜は泥のように眠った。クタクタに疲れた。
あっという間に時間が過ぎて、自分のコトを考えている余裕も無かった。
いとこの死も、多くのことを残された家族に教えてくれたような気がする。意味のないコトなんて無い。必ず意味がある。意味があってのコト。どうかその意味の全てに気づくことが出来ますように。
いとこの死と、赤ちゃんの死。全てのコトに、気づくことが出来ますように。