1月15日
叔母と叔父が
一足先に面会に
来ていました
眠っていたじいちゃんに
叔母が声をかけ
目を覚ましたじいちゃんの
体を起こす
声を発してくれるも
もう言葉になっておらず
何を話しているのか
聞き取れない
叔母たちが帰った後
トイレに立った
じいちゃん
いつもなら
看護師さんに
付き添ってもらいながら
トイレとベッドの片道約3m
なんとか自力で
歩けていたのに
その日はもうトイレから
立ち上がれなかった
車椅子で
ベッドまで運んでもらった
じいちゃん
何か伝えようと
声を発してくれるも
やっぱり聞き取れない
お正月までは
聞き取れていたのに
その後
じいちゃんは
ずっと眠ってた
時間は少し戻って
2025年大晦日
ずっと
家に帰りたいと言ってた
じいちゃん
だけど
12月23日を
目標にしていた
退院もダメになった
年越しは家で一緒にと
12月30日からの
2泊3日の外泊許可も
難しくなった
最後に残された
1月1日の
外出許可
この様子じゃ
厳しいのでは
そう思わせるくらいの
せん妄
そりゃそうだ
痛みを止めるために
増えに増えた
モルヒネの点滴
胸元に沢山に貼られた
モルヒネのシール
意識を保ってられる方が
不思議なくらい
明日の様子を見て
どうするか
決めることになり
帰宅しました
1月1日
本来であれば
12時半に迎えに行く
予定でしたが
11時頃に
病院から母へ電話
嫌な予感とは
裏腹に
「迎えはまだかと待ちくたびれておられます。」
とのこと
驚きと嬉しさとで
足早に迎えに行き
一緒に帰宅
約1ヶ月振りの
我が家に
本当に嬉しそうに
していました
「言うてたこと全部やってくれてるねぇ!」
じいちゃんの言葉が
聞き取れることが
こんなに嬉しかったことは
ありませんでした
たった2時間の
じいちゃんとの
最後のお正月
それでも
一生忘れることは
ありません
そこから
茨城に戻るまでの
3日間
話しにくそうでは
ありながらも
じいちゃんと
ちゃんと会話することが
できました
看護師さん達にも
楽しかった
家のこと何も心配いらんと
嬉しそうに
話してくれて
いたみたいです
1月16日
じいちゃんは
眠ってた
以前は
僕が椅子に腰掛けた音で
目を覚ましてしまってたので
極力そっと動くように
心がけてた
ひとりの職員さんが
備品のチェックに来た際
病室の戸棚をガンガン
開け閉めする
じいちゃん寝てるやろ
でかい音出すなよと
少しイラッと
してしまったけど
じいちゃんは
起きなかった
その日は
面会時間
ずっと眠ってた
1月17日
朝 母からの電話
「病院から電話あって、じいちゃんが暴れてるみたいで
来てくれますかって!すぐ行ってくれる!?」
急いで病院へ
病室へつくと
柵で完全に囲われたベッドで
腕をぶんぶん振り回している
じいちゃん
振り回してる手を握り
「じいちゃん 来たよ。大丈夫やで。
大丈夫。しんどいなぁ。じいちゃん強いなぁ。」
と声をかけ
いつもしてるように
じいちゃんが
【なみちゃん】と名前をつけた
縁側にごはんを貰いに来る
野良猫の動画をiPadで
見せてあげました
すると
「ぅおー!!んおー!!」と
声を上げ
iPadのなみちゃんを
グーで撫でるじいちゃん
そこからまた
天井に向かって
拳を突き上げたので
そのまま拳に
僕のおでこをつけて
「今までほんまにありがとうなぁ。
いっぱい心配かけてごめんなぁ。
じいちゃんの孫でよかったよ。
大好きやで。」
何度も何度も
伝えました。
少しずつ腕から
力が抜けていき
ゆっくり腕を下ろす
じいちゃん
「何の声ですか!?」と
看護師さんたちが
集まってきましたが
「猫の動画見せてあげたら喜んで。」
と伝えると
皆さん
安堵の表情を浮かべ
「お孫さんパワー凄いなぁ。」と
仰ってました
まだしっかり話せていた頃
主治医の先生に
「このしんどいのは妻に沢山迷惑をかけた贖罪なんですわ。」
と苦笑いで
言ってたじいちゃん
だから
看護師さんたちが
戻った後
「もう大丈夫やで。ばあちゃんも怒ってないで。
そもそも怒ってないで。あんなに幸せそうやったやん。
ばあちゃん病院で膝枕してたの遠目に見てたんやで。
大丈夫。じいちゃんは強いなぁ。もう大丈夫。」
すると
じいちゃんが
涙を流しました。
家族に
絶対に弱いところを
見せなかったじいちゃん
カッコつけのじいちゃん
そんなじいちゃんが泣いた
僕も一緒に泣いた
少し落ち着いて
また面会時間になったら
戻ってくるからねと
一旦家に戻り
再度面会時間に
病院へ
この日は母も来て
じいちゃんも
嬉しそうでした
ベッドに座り
右手でコップを持つような
仕草をするので
大好きだった
バヤリースオレンジを
母に飲ませてもらい
少し経つと
立ち上がろうとする
じいちゃん
「トイレ?」って聞くと
頷くので
ゆっくり立たせて
ナースコールを押す
もう往復は
難しいやろなと
思ってましたが
母がいるからか
娘に弱いとこは見せんとばかりに
帰りも立ち上がり
いつものように
ベッドまで戻りました
横にしてもらい
看護師さんたちが
退室した後
僕に
「お、 こして くれ」
と言いました
びっくりしながらも
じいちゃんを
ベッドに座らせると
僕に手招きをするので
じいちゃんに近寄ると
僕の肩を掴み
そのまま何も言わず
抱き寄せてくれました
言葉を交わすこともなく
僕もじいちゃんの手を握り
そのまましばらく
過ごしました
1月18日
昨日のことが
嘘だったかのように
じいちゃんは
眠ったままでした
看護師さんの声掛けにも
母の声掛けにも反応しない
でもきっと
耳は聞こえているからと
母も感謝の言葉を
沢山伝えてました
それでも
じいちゃんは
一度も目を覚ますことは
ありませんでした
1月19日
昨日と違い
横になりながらも
目を開いていた
じいちゃん
話しかけると
少しだけ右手を
動かしてくれる
意識がある
それだけで嬉しくて
昨日見せられなかった
なみちゃんの動画を見せて
表情はもう変わらないけど
嬉しそうに右手を
動かしていて
母も昨日の分まで
沢山沢山話しかけていて
めいっぱい
感謝を伝えてました
すると手を
握り返してくれたみたいで
母の気持ちも
ちゃんと伝わって
本当によかった
その日担当の看護師さんに
今後のお話をと
少し呼び出されました
もしいよいよとなったとき
面会時間外の病室での
付き添いについての
話でした
看護師さんが言うには
100%言い切れることではないけど
今はまだ血圧も安定しているし
足の色も良いので
今日明日でどうこうなるとかでは
ないと思うのですがとの
ことだったので
母も付き添いは
もちろん希望するけど
その日は面会時間が
終わったら帰宅すると
言ってたので
僕も少し安心して
撮影に向かえました
1月20日
深夜2時頃
病院からの着信
夜勤中に
また暴れるようなことがあれば
僕に直接連絡をくれる
段取りになっていましたが
もう暴れたりもできないはず
あぁ、ついにきたのか
と
電話を取る
「呼吸が変わってきて、足も変色してきています。
もしかしたらいよいよかもしれないので
すぐ来れますか?」とのこと
すぐに家を飛び出し
病院に向かいました
横を向きながら
顎を動かして呼吸をする
じいちゃん
手を握り
「ここにいるからね。心配いらんからね。」と
17日と同じように
ずっとずっと
伝え続けました。
「痛いよね。しんどいよね。もう無理しなくていいよ。
あとのことは任せてね。全部全部心配いらんからね。
大丈夫やからね。大丈夫やよ。」
すると
またじいちゃんが
涙を流しました。
拭っても拭っても
涙が溢れてくる
あのときの気持ちを
なんて表現したら
いいんやろう
涙腺なんて
とっくに壊れてる
それでも
なるべく悲しい顔は
見せないよう
あとのことは任せてね
心配いらんからね
って言ってるそばから
心配させぬよう
必死に
笑顔を作りながら
また今までの
たくさんの出来事の
ありがとうと
ごめんねを
伝え続けていました
そのまま
1時間が経ったくらい
まだちゃんと伝えられてない
言葉があると
じいちゃんの手を
ぎゅっと握り締めながら
「じいちゃん、愛してるよ。」
と伝えました
すると
眉間にぐっと
シワを寄せ
「あ…」
と声を出した
じいちゃん
その後少しだけ
口を動かし
3時21分
そのまま
息を引き取りました
最後の力を振り絞って
返事をしてくれたんやね
泣いた
あんなに泣いたのは
生まれて初めてなくらい
声を上げて
めちゃくちゃに
泣いた
少し経って
看護師さんを呼び
母に連絡をし
当直の担当医さんに
死亡診断をしてもらい
葬儀屋さんに電話をかけ
じいちゃんを迎えにきてもらい
家のベッドに寝かせた後
そのまま葬儀のプランの打ち合わせ
お寺への連絡
流れ作業のように
進んでいく時間に
頭がおかしくなりそうに
なりながらも
必死に平静を
装っていました
じいちゃんのことだけでなく
僕や母のことまでも
最後まで優しく見守ってくれた
看護師さんたちには
感謝の気持ちで
いっぱいです
そこから2日間
じいちゃんの家で
病院に持っていけなかった
レコードを聴いたり
将棋を打ったり
久しぶりにゆっくりと
一緒の時間を過ごしました
1月22日
10:00
式場の担当者さんが
最終打ち合わせに
やってきました
あまり詳しくも調べず
ばあちゃんと同じ式場でとだけ
決めていたので
最初のプラン決めの際
こんなにするのか…と
現実を突きつけられました
ばあちゃんのときは
じいちゃんが
これでもかと奮発して
参列者の数とは
到底見合わない
大きな祭壇と広いホールで
執り行ったので
じいちゃん
こじんまりとしてしまうけど
ごめんねと思いながら
下から数えて3番目の祭壇
5人での家族葬というカタチで
執り行わせてもらう段取りを
しました
担当者さんが開口一番
「供花のご依頼がかなりきているのですが
何かやられているんですか?」
少しだけ事情を話し
ご納得された様子で
副葬品の話になり
母も叔母もこれでもかと
あれやこれや準備していたものの
今は火葬場が厳しくなっていて
何でもかんでも入れれず
できればそれぞれ少しずつ
厳選してほしいとのことでした
前日、ひろきに
大きい賢一郎
一緒に入れてあげたいんだけど
いいかな
と聞くと
ひろきも
賢一郎の書、僕の想いも一緒に入れて下さい
って言ってくれて
担当者さんに
「この書も入れたいんですが大丈夫ですか。」と
大きい方の賢一郎を見せると
「なんですかこれ!?凄いですね!!なんと立派な…」
そう言ってハッと何か思いついたかのように
「これ飾りましょう!!」
と言ってくれて
僕もそんなこと可能なのかと
思いながらも
是非お願いしますと
頼みました。
12:00
式場の方たちが
じいちゃんを
一足先に式場へ
13:00
湯灌へ
その際に案内された家族用控室に
めちゃくちゃ既視感があり
あれ、ここ
ばあちゃんのときの…
いやいやそんなわけ
ないかと思いながら
祭壇のある部屋を
覗くと
やっぱり
ばあちゃんのときの
場所だ
正確には
ばあちゃんは二階
じいちゃんは一階
だったのだけど
全く同じ作りの部屋でした
みんなの
お心遣いのおかげで
お花が置ききれず
ばあちゃんのときの
祭壇のサイズくらいに
なってしまい
急遽ホールを変更して
くださってました
そしてそのおかげで
賢一郎の書も
またこうして
飾れることに
なんてこった
有り難い
有り難いなぁ
本当に
17:00
お通夜
みんな帰った後
式場に
泊まらせてもらい
夜通し
じいちゃんを
想いました
1月23日
9:30告別式
10:30出棺
ありったけのお花と
賢一郎の書と
沢山の想い出の
写真達と
病院で一番聴いていたCDと
カセットテープを1本
まさしの赤福に
チョコレート
誕生日に母がプレゼントした
帽子を被せて
12:10
じいちゃんは
空へ昇って
いきました
サーキットだけでなく
最後にまた
こんな奇跡を
起こしてもらって
ご協力いただいた
みんなには
ほんまに
感謝しかありません

こうして
僕とじいちゃんの
402日間は
幕を閉じました
そしてまた
はじまって
いきます
今度は
見守ってもらいながら
僕は
チョモLaラテと
しての道を
あなたの道を
少しでも
優しく
照らせるように


loop
空白を埋めるように過ごす日々
残された時間に思い思いの色を塗ろう
優しい光 唄う鳥の声
空見上げ交わす約束
まだ寒い冬の朝
どんなに悲しい時が来ても
笑って歩き出せるように
ありがとうじゃとても足りないよ
あなたの孫でよかった
改めて感謝を繰り返す日々
限られた時間は尊い 今は噛み締める
草木の匂い 笑う猫の顔
咲き誇る桜 舞い散る春
こんなに他愛無い二人暮らしも
何より幸せと思う
来年も同じ景色を見よう
あなたの孫でよかった
あんなに大きかった背中も
小さく少し丸まって
あなたに頼り切っていた僕に
今では頼ってくれる
子供だった母が僕を授かって
あなたはどう思っただろう
それでもその大きな心で
全て受け止めたのでしょう
僕がこの世に生を受けた日
あなたは母に「よくやった。」と
労いの言葉をかけたあと
僕を抱き上げてくれました
どんなに悲しい時が来ても
笑って歩き出せるように
ありがとうじゃ到底足りないや
あなたの孫でよかった



