10年以上続いた天敵との抗争。

彼女の常識は、私の非常識であり、私の常識は、彼女の非常識であった。

 

が、ある事柄で、考え方の違いがあらわになり、彼女の方から、これからの

連絡は、控えてくれというメールが届いた。

 

私は、もしかしたら、彼女を憎むことによって、頼っていたのかもしれない。

憎しみというのは、非常に高い関心なので。

 

私はそのつっかいが取られたことによって、あっと思ったが。

そのあと、すぐに。多いなる飛翔をイメージできた。

 

私は、天敵から、卒業、解放されたのだと。

 

憎しみを手放すことは容易ではない。

が、そのとき、ほんとうの人生が始まるのだと感じた。

 

信仰とは、なんぞやという疑問を持たしてくれた、深く思索して、悩ましてくれた

天敵に、今は感謝している。

 

彼女がいなかったら、ここまで、信仰のことで悩まなかっただろうから。

 

私の信仰人生も50年を迎えた。

ほんとうの歓びは、これからなのだと確信している。

 

自分のできることを精一杯やりたいと思う。

それは、人を応援することだ。

とりわけ、若い人々を。

 

私のこれまでの失敗や、確信、そういうものを伝えられたら、幸いだ。

そして、チャーミングに生きたいと思っている。

ありのままに。

素直に。

生きることを楽しみたい。

どんなことがあっても。