私は、入院した人のお見舞いは行かない。
ご迷惑になる場合が多いからだ。
私も入院したとき、お見舞いが来たが、そんなに親しい人でもなかったし、お義理だったので、困った。自分の手術のときの話をして、帰って行った。
事程左様にお見舞いとは、むずかしいものだ。
同じ長野県に住む親しい従姉妹が死を迎えようとしている。
11月の初めに、陶芸展を表参道でするということで招待状が来たが、私は、
長いこと、風邪を引いていたし、東京は、人が多いので、行かないと言うと、
お冠だった。「来て欲しい」と。
行かなかったので、花かごを贈った。
その返事もなかったので、なんとも、気まずい思いでいた。
「花かご」を「花輪」と言い間違えて、「え!花輪?!」と怒っていた。
彼女は、とても、ナイーブになっていたのだろう。
そして、私と同じく、自分の思いをはっきり言うタイプだ。
そんなこんなで、電話を掛けずにもいた。
が、先日、「行けなくて、すみません。風邪が長引いていたものですから。
よい春を」と葉書を出した。返事はなかったので、まだ、怒っていると思っていた。
が、今朝、突然、従姉妹のご主人からの電話で、1月22日に危篤になり、
今は持ち直して、自宅で療養しているということだった。
が、死は遠くない。
で、お見舞いに来て欲しいとの電話だった。
行くと返事をしたものの。
こういう訪問は苦手。
死にゆく人を見舞ったことはないのだ。
また、そういうことをするのも嫌いだ。
父も母も、亡くなってから、連絡があったので、死にゆく様子は知らない。
私は、自分が亡くなるときは、誰にも知らせないでおこうと思う。
もし、余命がないとしても、兄も呼ばないだろう。
静かに亡くなりたいのだ。
また、人にそういう姿を見せたくない。
今となって、従姉妹の申し出を断ればよかったと思う。
他にも、横浜から、親しい親戚が泊りがけで来ているという。
迷惑にならないよう、その日程に合わせて、二時間ほど、お邪魔する予定でいるが。
私は、どんなに親しい人でも、呼ばないなあと思っている。
死にゆく人の対応はとても、むずかしいものだと知っているから。
死は、その人だけのものであってほしい。