うちの主人は、家庭生活には向いていないと思う。
最大の欠点は、イヤなことから、逃げてしまうことだ。
だから、大抵の渉外的な対応は、私がやってきた。
別宅を購入するときの持ち主の二階さん似のわけの分からない爺さんとの交渉。
たびたびの怒鳴り込みに耐えてきた。
自分の方に非があるのにも関わらず。
そして、つきまといのおじさん、じいさんとの対応もできなかった。
目の前で、近所のじいさんが上半身裸で、サングラスを掛けて、家から出てきたときも、私だったら、「◯◯さん、それはなんですか!止めてください」と
抗議しただろう。
それを主人は、黙って通り過ぎ、小さな声で、「煮詰まっているねえ」と感想を述べるに過ぎなかった。
つきまといも、「無視、無視」の一言。
私だったら、一軒一軒、抗議に出向いただろう。
確かに、真面目に働いて、給料を稼いでくれた。
暴言を吐くわけでもない。
定年退職をしてから、週2.3回の授業の他は、暇らしく、
「やることがない」とごちる。
おいおい、庭の草を刈ってくれよ。
家事は、やることは山ほどあるんだよ。
最大の怒りは、去年の義母の新潟の墓苑への納骨。
交渉は、一切、私がやり、まさかの切符まで、私がとった。
彼の母の故郷なので、地の利はあるはずなのに。
その電車の行き帰りが不満らしく、帰り、電車が点検で止まると、「ああ、やだやだ」と、「泊まんなきゃいけないのか?」と。
よく、あることじゃん。
騒ぐなよ!
やはり、帰ってから、じっと、「離婚」を考えた。
去年は、二度、考えた。うんうん。
嫌なことから、逃げるっていうのは、ひととしても、無能だと思う。
新春の所感だ。
おかげで、コワイほど、強気になってしまったのを感謝したら、いいだろうか?
彼は、中二で、成長が止まっている。