島根大学医学部の後半。

11時に島根大学医学部に電話して、担当の人が会議中のため、返事は午後になるという。「かまいませんよ」と答えると、なんと、4時半まで待っても返事がない。

再度、交換台の女性にあらすじを話したところ、ずいぶん、待って、男性が出てくる。担当はまだ、用事があるとか。

二点に渡って、紙で返答を頂きたいと要望し、住所、氏名などを言う。

 

一点は、献体のずさんな管理。

もう一点は、18年に起こったという熟睡中や催眠作用のある薬物で昏睡状態になった女性4人への准強制わいせつ容疑で勤務医が逮捕された件。

 

どうして、このようなことが起こったか。

また、起こさないためにどのような対策を立てたか。

 

この二点を文書で。

 

最後に、私は患者の立場ですが、このようなことがある島根大学医学部には、入院できませんねと言った。

 

また、放っておけば、いいだろうという対応も怒りの対象だ。

 

なぜ、このように、問題に食いつくのか?

 

それは、自分がそのような立場になったとき、怒りをもって、対応できるように、訓練しているのだ。

 

どのように話せば、相手に伝わるか。

不誠実な対応をどのように追求するか。

 

その訓練は、自分が当事者になったとき、思わぬ力を発揮できると信じている。

またか、と思って、何の抗議もしないと、事故は繰り返されるのだ。

 

問題が起こったとき、事故が起こったときだけ、

頭を下げるだけでは、問題は解決しない。

 

弱い立場の者も徹底的に追求する姿勢が必要だと感じている。

おかしいことは、おかしいと言い切るのだ。

なあなあにしない。

同じ過ちを繰り返さないために。