この地域の町内会長が突然、亡くなった。

心臓麻痺だろうか。

運転中に気分が悪くなり、救急車で搬送され、そのまま、亡くなられたようだ。

その前の日、姿を見かけていたので、驚いた。

が、まったく、悲しくない。

よく知らないのもあるだろうが。

ご本人はいい方だったが、残された奥様は横柄な人だった。

そんなことが思い出される。

 

その事実だけが思い出だ。

 

出棺を見送ったあと、庭を見て回ると、野鳥が死んでいた。

その姿を見たときの方が哀しみがあった。

草をかけ、土を被せて。自然に土になることを願った。

 

私の中で、人の死がこんなにも、軽いものでいいのだろうか。

冷酷なのだろうか。

 

時は、死と生を織りなし、滑るように過ぎ去る。

 

悲しみは。

どこに置いてきたのだろうか。

 

悲しみはある。

だが、決して、外に出ないようにしているのかもしれない。

 

そして、多くの人がさまざまな悩みを抱えていることも知っている。

私ができることも少ないし、こうしたら、どうでしょう?と

言って、やる人はいない。

 

人は人と別の世界を生きているのだろう。

どんなアドバイスも受け付けない。

 

しかし、コロナ後、世界は大きく変わるだろう。

 

共感なくして、人は滅びざるをえない。

 

今日の仕事は、うまく、いった。

率直に生きた。

 

私はいつか、気がつくだろう。

一人ではないことに。