今から8年前に胃がんになりました。過去のことはさかのぼって思い出せる範囲で書いていこうと思います。まずは直近から。

 

令和2年12月15日に胃がん再発腹膜播種で余命1年と宣告されました。

 

正直、そんなに驚きもしませんでした。←強がってるわけじゃありませんよ。

 

とうとう来たかって感じでした。

 

実際に先生から、最初に、やりたいことをやった方がって、言われました。

だから、5年間再発しなかったし、本当に、そんなに長くは生きられないと思っていたので、ここまで生きてこれたのも奇跡だからって本当に思ったんです。

 

少し前に、お腹が急にポッコリして、足の甲が押したら低反発の枕を押すみたいな感じで完全におかしいことが分かりました。

 

ただ足がむくんでいるだけと思いたかった。

膝から下もむくんでいました。これはやばいと感じました。

 

そうこうしていると、足がどんどん腫れてきて、これ以上腫れると、皮膚が裂けちゃうって思いました。

 

背中を触ったら、へこんだまま元に戻らない。えーどうしようって思いました。

体中が青あざになっていて、見るからに異常。ちょっと触っただけで内出血をおこしていました。

 

ものすごく体がだるかったです。

 

それなのに、今考えても自分の行動がおかしすぎるのです。

いきなり断捨離を始めたのです。

 

体がだるすぎて30分も片づけが続かないのに、横になりながら、数日間、今まで捨てられなかった洋服など、すべて処分したのです。

 

家族から、死の準備しているみたいと言われました。

何かに取り付かれたように片づけていました。

 

家がスッキリしたと思ったら、足がとうとう裂け出して水が出て来てしまい近所のかかりつけの内科に診てもらったら、すぐに大きな病院へと、癌でお世話になっている大学病院の皮膚科に紹介状を書いてくれました→だよねって思いました。

 

すぐに大学病院に行きましたが、その時は足が痛すぎて一人で歩けるような状態ではありませんでした。入院かもと予感していたので荷物はまとめて持って行きました。

 

案の定、即入院になりました。

 

蜂窩織炎。なにそれ?

免疫が低下していて、傷口からばい菌が入ったのであろうと。

 

足がパンパンで裂けて汁が出ていて、自分でも気持ち悪い。

知らない人が見たら、移ったら大変だって思うだろう。はっきり言って見るに堪えがたい感じ。

 

皮膚がクモの巣みたいな絵柄?

 

ある意味、入院させてもらえて安心しました。抗生物質の点滴、足はアイスノンで冷やされ、ただ上を向いて寝ているだけでした。一人で歩かないよう言われ、売店に行くことすら許されない入院生活でスタートしました。

 

食事はほとんど食べれなく、少し食べても全部戻していました。

自分でも、体がおかしすぎるし、もうどうにもならないなって思っていた矢先の再発との告知。

 

一体この先、私はどのくらい生きられるの?どんな治療をするの?って聞きました。

 

余命1年って所かなって言われました。

 

あっ!まだ1年あるんだって心の中で思いましたが、この状態で1年もつのかな?と思いながら、お正月は、今度が最後かって、無意識につぶやきました。

 

チーン。。。先生無言。。。

 

でも、肝臓の数値が悪すぎて抗がん剤ができないと言われました。

そこで消化器外科の先生以外に、消化器内科の先生が一緒に診てくれることになりました。

 

その時、救いの女神!救いのドクターだ!これで私は救われる!ってなんの根拠もない喜びが沸き上がったのでした。

 

実は、その先生は、私が消化器外科に通っている時に、消化器内科の患者さんが、その先生が、とても優しくて、よく話を聞いてくれるいい先生だと話しているのを何回か聞いたことがあって、評判がいいんだなと思っていました。

 

どんな先生なんだろう?顔を見てみたいと思って、中待ち合いという所で待っていた時に、診察室が開いた瞬間、ちらっと中を覗いて、顔を見たことがあったのです。

その時に、なんか穏やかそうで、本当に優しそうな感じで、患者さんから人気があるの、なんか分かるような気がするっていう印象だったからです。

 

その日から、退院するまで毎日、夕食後くらいの時間帯に病室に様子を診に来てくださいました。滞在時間1分あるかどうかわからないんだけれど、忙しいのに、こんな私のために来てく出さるなんて、申し訳なく、ものすごく嬉しくて、感謝の気持ちでいっぱいでした。

 

先生って、カーテンを無言で開けますよね。。。(笑)

 

いつも、なぜか、私が変なことをしている時に限って、突然入ってくるんですよね(笑)。

ご飯が受け付けないから、ナッツを食べていて、ちょうど口が半開きになっている時に目が合うんですよ。。。超間抜けな顔だったに違いない。

 

想像してみてください!

 

絶対に、この患者、こんな状態なのに、呑気にナッツなんか食ってるよって思ってる((´∀`*))

ヶラヶラ

 

こんな状態なのに、昼間は普通の洋服、一応部屋着で、夜、パジャマに着替えていました。

今日はどれ着ようかなって、ゴソゴソやっている時。。。

それも、海外でも旅行に行くの?て感じの大きなスーツケースでお店開いてる時。。。

 

さぞかし、先生から、変な人と思われていたに違いありません。

 

私、心配性で、荷物が多くなっちゃうんです(笑)。

ほぼほぼ使わないのにね。。。

 

病人は病人らしくしろ!だと思います。

今考えても、笑えるよ。こんなおばさんのこと、誰も見てないのに、何やってる私?

 

クリスマスの紙でできている小さなツリーを持って行って、飾ったり(笑)。

そんなちょっとしたことで、全然、気持って違うんですよ!

 

退院がクリスマス前で、同室の方が、年内は退院できないって、しょんぼりしていたから、クリスマスの飾りをあげたら、喜んでいました。持って行って良かったって思いました。

 

今考えると、余命宣告されても本当に驚きもしなかったのだけど、魂は不安に思っていたのかもしれないと思います。

 

いつもは、お節料理を作るけど、最後くらいは買おう!って思ってネットで注文したり。

足が腫れすぎて履ける靴がないから、クロックスの一番大きなサイズを3足も注文したり、クロックスに付ける飾りが可愛くて、気に入ったのを注文したら、クロックスが飾りだらけ(笑)。

 

→今は足の腫れは引いたので、大きすぎて履けません。何で3足も買ったのかな。飾りも、そんなの付けて履けない。入院生活を楽しんでいるようだったけど、やっぱり、おかしかったね、今考えると。クロックスに飾りをつけるようなタイプの自分ではないんですよ。

 

それが、注文して、すぐに届いたので、飾りをつけたクロックスを入院中に履いていたのです。一番気に入っていた飾りは、ちょっと思い入れがある飾りだったんですが、取れて、どこかで落としたのに、看護師さんが偶然拾って届けてくれたんです。

そして、退院の日に、病室を出る時は、靴についていた、その大事な飾りが、会計を済ませて、病院を出ようとした時に、なくなっていることに気が付きました。

 

私は、一緒にいた夫に、飾りを落としたから、探してくるって言ったら、そんなのやめろって言ったんです。

なんで?落とし物で、届いているかもしれないからって言ったら、そんなの探しても迷惑だから

帰るぞって言われて、しぶしぶ、まあ、足も痛かったので諦めましたが、その時に、私の悪いものが、落ちてくれたんだって思ったんですよ!

 

いや、本当に、なんか、偶然かもしれないけれど、凄くないですか?

そう思っているのは自分だけでしょうか?

 

これはちょっと笑うところなんですが、蜂窩織炎で足が痛すぎてあまり眠れなくて、朝4時には必ず目が覚めちゃう。痛いのレベルが、胃がんで開腹手術後の痛みより痛いんです。出産の痛みは知らないんだけど、私的には人生で一番痛かった😢

 

だから、ベッドでじっと寝ていられなくて、車いすでデイルームまでそーっと行っていたんです。

朝日を見て、病室に戻ると、看護師さんから、じっとしていられないの?って言われた💦

あはは。そう見えるか。完全に落ちつきないおばさんになってるじゃん(笑)。

 

とりあえず蜂窩織炎というものに、なったお陰で再発が分かったから良かったようなものです。

 

私は、本当はとっても心配性なんだけど、なぜだかこの癌に対してだけは、取り乱すことも、泣くことも迷うこともなかったんです。不思議でならない、何でなんだろう?

 

今日はこのくらいで。