入院中に考えました。
まず、ベッドを買わないと。
お布団を敷いて寝ていたけど、足が痛すぎて、もう床から起き上がるのが難しいのでベッドにしないと。本当は病院と同じように体が起こせるベッドがいいと思うけど、人生一度もベッドにしたことがなかったから、普通のベッドにすることは決めていました。
←まだ、のんきなことを考えていた。
できたら、家でできるだけいたいなと思っていたし、訪問介護をしてもらいたいとか調べることが沢山あるなって思っていました。
抗がん剤はSOX療法とのこと。
今までと違うことは、抗ガン剤の期間が決められていないこと。
要は何クールで終わりではなく、終わりがないとのこと。
先生ははっきり言われました。副作用が強くて、もうできないと自分が思った時、また種類は結構あるけれど、色々やって、もう効かなくなった時が終了だと。
この時、ほんとにこれで終わりなんだなって思った。できたら抗がん剤したくないなって。
終わりなき抗がん剤なんて。。。
小冊子を渡されたけど。。。
自分でもある程度で、抗がん剤を終わりにしたいと思っていましたが、その、やめ時を決められるかなって思いました。(術後にTS‐1を2年間した経験から。)
とにかく肝臓の数値が悪すぎるので、これでは抗がん剤ができないから、利尿剤と肝臓への栄養の薬で様子をみることになりました。これが効かなかったら?と聞いてみたら、これしかないと言われました。
→これで効かなかったら、肝臓は良くならないから、抗がん剤できないのか。。。
矛盾してはいるのだけれど、肝臓が良くなって抗がん剤ができるようになればいいなと思いました。
退院して、しばらくはこの薬で過ごしました。黄疸が出ていると言われていたので白目が黄色かったのがすごく気になっていました。
利尿剤は、びっくりするくらい尿が出て、どんどん痩せて行きました。そして、だんだん食べれるようになっていき、8㎏痩せてびっくりです。そんなに水が溜まっていたの?
治療と並行して終活も始めました。
自分の遺骨のこと。
→決めて、お金を払いました。すごく高台で見晴らしが良く、海が見えます。たまに雲海も見える所です。温泉が近いです。入れないけど温泉が大好きだから嬉しいです(笑)。
自分の死んだ顔を人に見られたくないから、家族以外は、見せないでほしい。
今のコロナ禍、家族葬だと思うけれど、本当は家族以外は、心で思ってくれたらそれでいいと思うこと。
死に化粧は、真っ赤な口紅をつけられら、おかしいから、私が選んだものにしてほしいこと。
→母親に、なんでそんなこと思うかな、お母さんは一度もそんなこと考えたことないけどって言われました。
人工呼吸器は、付けないでほしいこと。
痛くてもう無理になったら、話したいことを全部話したら、強くていいから、痛み止めを沢山してもらって、うとうとして苦しくないようにしてほしいことを話しました。
→母親は、そんな暗い話ばかりで、疲れちゃうと言いました。
本当は、もし、体のどこかが、何かの役に立つなら、全部使ってもらいたいこととか、よく分からないけれど、大学病院で実験とか、練習とか、そういうのに役に立つなら、使ってもらいたいと思っていることを言おうとしたけど、それ以上は話すのをやめました。
母親には、私が人工呼吸器は付けないでって言っていたとしても、家族にちゃんと伝えておかないと、その時が来たら、やっぱり少しでも生きていてほしいって、意見が割れたら困るからだよって、こういうことは、元気な時に、ちゃんと話しておかないといけないんだよって伝えましたが、なかなか難しいなと思いました。
→紙にちゃんと書いて、先生にも渡しておいた方がいいなって思いました。
今日はここまで。