昔話の前に太陽光発電の訪販の記事を読みました。


本当にやりずらい社会に変貌してしまったように感じました。


私的に太陽光は浄水器以来のビックチャンスと前々から感じていました。


詐欺まがいの一部の営業マンがいたのも確かでしょうが、電気を売ることが


出来るという消費者も商売っ気があったから双方の気持ちが合致して


契約したのも多いと感じます。


契約した後、実際と違った、500万近くローンを組んだと思わなかったなどの


苦情があったとの事ですが、ニュースで見ると消費者が可愛そうのような


内容ですが、私的には何も調べず欲を出して自分の利益を考え営業マンと


契約したのでしょうから営業マンが一方的に悪い、クーリングオフしてしまえなどは


本末転倒だと思います。


ビデオデッキが普及したのも当時、エロビデオを販促物に使っていた製造メーカー


の戦略はOKですし、電球を普及させた松下の創業者はタダで電球付けてあげて


後から買ってくださいと言って世界の大企業になったのは伝説的商法扱いですが


みんな最初は訪販してたって事じゃないんですか?


太陽光だって各メーカーや信販会社も販売方法を絶対知っていたはずです。


私もメーカーの営業と何度も訪販に回ってそこのメーカーの機種を販売していました。


当時、カラー複合機が出始めの頃でメーカーの営業さんはトークをメモってどこで


契約できるか判断したかとか色々聞いてきて他の営業先で発表したいといっていたこともあります。


現場の営業マンは悪者扱いで大企業は問題でたら知らんぷりなんて恩も何もないですよ。


メーカーの人も新しい分野は10万台普及できれば市場が出来ることを知っていますから


出たばかりの商材は訪販に頼っていましたよ。


そんな流れを見ていたのでブラック企業に頼っている大企業がいるのも知っておいて欲しいです。







通信機器の営業やってました。


こんにちわと挨拶して初めての方と1時間位で契約して帰る感じです。


数百万の契約もこんな雰囲気です。


最初の研修で値段を聞いた時はこんなに高いんだ。それでも普通なんだ。


と19歳の僕は世の中ってすごいなとただただ圧倒されました。


2週間先輩社員に同行して1日頑張っても「こんなの売れないよ」という人ばかりでした。


最後の3日間は課の責任者と同行しました。


責任者は午前中は昼寝して午後から夕方までパチンコして僕は車で勉強していました。


この人もやる気が無いんだと思っていたら6時頃「仕事するよ」といい


僕に「どこの会社がいいか選んで」と周辺の会社に適当に入りました。


1件目ピカピカの事務機で2件目普通のコピー機がありそこで1時間社長と話して


契約して7時過ぎ「帰ろうね」と会社に戻り責任者は支店長に「さすがだな」と激励


され課に戻ると1日頑張って疲れきってる部下に怒鳴りまくり契約が取れないこと


を才能がない、遊んでんの?やる気あるの?と罵倒の嵐でした。


3日間この責任者は同じ行動で契約も毎日していました。


この時、結果がすべてだと思いました。


翌日、いよいよ1人で営業に出ました。


1日中歩き、テレアポしましたがまったくもってだめでした。


2,3日と同じ結果で責任者も僕への当たりがきつくなってきました。


そんな時、課の人たちで歓迎会をしてくれました。責任者には内緒で。


みんなの話は、会社のシステムの愚痴と責任者への悪口のオンパレードを


黙って聞いていました。


感じたのは弱肉強食、契約しないとこの人たちと同じでいずれ自分も辞めるなと。


次の日も朝から責任者を相手に営業のシュミレーションをして怒鳴り声で注意され


自分も他の人と同じになってはいけないと思い、「契約取りたいんです」と話すと


責任者は「お前は若いから若さを前面に出せ」言いました。


この日、1件目で鉄工所に入りおじさんたちがたくさん火花で作業していました。


元気いっぱいで話をしてなんとか社長に会うことができました。


しかし無我夢中で自分でも分かるほどメチャクチャなでなにを言いたいのか


分からないほど散々なトークをしてしまいました。


社長が「よく分からないけど電話機変えてもらいたいってこと?」と言われ


僕も「はい」と社長は「いくらなの?」答えると「どこも同じような金額だねいいよ」と


びっくりです!! そんな様子を見ていた社長は「前から色々来てたけど君、必死だ


から契約するよ!もっとちゃんと話しできないと契約取れないぞ」と笑いながら


判子は何を用意すればいいのかと聞かれその時、契約書の書き方習ってなかった


と気付き責任者に確認の℡を「何?寝てんだけど!」


「契約してくれるって言って頂いているのですが契約書の書き方わかりません」


「ちゃんと説明してんの?社長と変わって」


社長と話をしてまた僕に代わり「すぐ行くから待ってろ」ガチャっと。


15分後、責任者が来て社長と話をして契約書を作り、ちゃっかり責任者はコピー機も


契約。


責任者とゆっくり昼食を取り契約書の書き方を教えてもらっているとき


「お前、使えないと思ってから無駄だから教えなかった」と・・・。


腹立ちました。


会社に帰ると支店長、責任者、先輩社員から激励があり素直にうれしかった。


次の日も次の日も必死トークで契約をとれました。


3日目位から先輩社員が冷たくなり日に日に話もしてくれなくなりました。


5日目の夜、責任者から「少し付き合え」と飲みにいきました。


「契約できない奴は腐っていくから相手にするな。自分の為に今は頑張れ」


契約取れない日、責任者は他の人は罵倒だけでしたが、僕には蹴ったり


容赦ない怒鳴りを浴びせ悔しく悔しくてどうやったら毎日契約が取れるのか


だけ考えました。


そんな日が続き1ヵ月後、新人賞という名称で10万円もらいました。


その時、半分以上の同期入社、先輩社員はもういませんでした。


ブラック営業1ヶ月目の話でした。


勤務時間は朝7時20分出社、帰りは22時以降 土日休み 


19歳給料30万でした。


また時間あったらかきます。




ブラック企業

労働

起業

成功









10年間東京でテレアポ、飛び込み営業してました。多分、


今で言うブラック企業に当かもしれない仕事して


現在、家族を連れて南国暮らししてます。


私的にネットなどで調べていて矛盾がすごいと感じました。


19歳で右も左も分からず入社した営業会社はネット上で


言うブラック企業そのものでした。


しかし、自分の人生を変えてくれて感謝感謝をしている人間です。


19歳で入社した会社は50人入って1人残ればいいみたいな会社で朝は7時~夜は


電、土日は休みでした。


年齢に関係なく契約できればどんどん出世、給料もやれば


やっただけ、契約を取れなければ上司から鬼ヅメ、暴力あり、


契約取れなければ自主退社、社長を崇拝


社員旅行は毎年海外、その時も小遣い10万円支給って


感じでした。


多分、当てはまるのかなって思います。


10年同業種して苦しかったけど得たものも多かったです。


かんたんな節目を書いて見ます。


23歳 思い切って独立


25歳 新築を首都圏(サッカーチームの本拠地)に一括で購入


29歳 家族で南国移住


29歳 家、買いました


現在、南国暮らし4年目


多分、あくどいことをして成り上がってっと思う人もいると思います。


でもホントに苦労したんですよ10年間!!


オシッコから血だしてやってました。


南国暮らしも気楽に見えますが、忙しく送っていた


人生を急にスローにしたらワガママで物足りなくて、


こっちで起業しましたが以前の経験が役に立っています。


また、当時のこと書きます。


起業

お金

自立

ブラック企業

訪販

テレアポ